玉置浩二さん歌うまいのにまったく驚かなかったが。。。
— ulala france (@ulala_go) 2021年2月7日
しばらく見ない間に、こんなに頭真っ白なのに心底驚いた。。 https://t.co/MRFtxzNp6N
玉置浩二さん歌うまいのにまったく驚かなかったが。。。
— ulala france (@ulala_go) 2021年2月7日
しばらく見ない間に、こんなに頭真っ白なのに心底驚いた。。 https://t.co/MRFtxzNp6N
上野千鶴子一派は大派閥なので、どんな誤った事をしても批判できない、チェックできないってそれ学問として存在価値あるのか?査読は無いも同然。研究者や学者の相互チェック・相互批判も無い。捏造や歪曲、隠蔽が横行しても派閥が怖くて批判できない。これが社会学ならもう壊滅させるべきだ。
— 高村武義 #WalkAway (@tk_takamura) 2021年2月2日
関西のとある学会の会長さんが同僚の人間を13発殴って、対等な関係だからハラスメントにならないと言う話がありまして、これみんな知ってる話ですよね、まだその学会の会長さんをやっていると言うすごい話ですよw https://t.co/72atk4v4S6
— 矢次一夫@ワクチン受けたら愛知へ行きたい (@JaHi8SXKvGxebKx) 2021年1月30日
続
— Nobuko Kosuge (@nobuko_kosuge) 2021年1月30日
・二度と本を書くな、論文を書くな
・小菅が登壇するなら、俺は出ない、小菅を降ろせ
・メーリングリストを作成して定期的に小菅の悪口で興じる
・しかし、うわべはいい人ぶりっ子する。 https://t.co/5sH5jOazf7
歴史を知らないのか歴史を改竄しているのか判断できないけれども、実際には東電原発事故後に積極的に発言しようとした様々な分野の専門家へのバッシングは激しく、「御用学者狩り」が公然と行われて多くの専門家が口を閉ざしたのですよ。それを「知らない」では済まされない
— kikumaco(2/13ビッグアップル) (@kikumaco) 2021年1月29日
社会学たたきを見て自分も学術のどこかにいるものとして惻隠の情的なものがわかないわけじゃないが、「社会学をたたいているやつはこのような社会学理論を~」みたいなツイートを見ると、「前の戦争は負けたが、俺の作戦が正しかった」系の軍人の回顧録読んでいるみたいで、その気がうせる。
— 楚ノ名臣屈原ニ倣ヒタルナリ (@pvvbzROgo32zWXo) 2021年2月3日
弁護士とか翻訳家とかライターと違って、研究者って学会で顔を合わせる機会がありますし、上野千鶴子一門は大勢力ですから、なかなか表立っての批判はしづらいとは思いますよ。例えて言うなら大きな企業の中の大派閥を率いる役員を表立って批判するようなもので、アカポスの人には難しいかと。 https://t.co/ptL4pQKOGc
— KATO kosei 加藤晃生 (@sd_tricks_kato) 2021年1月31日
上野の東大社会学研究室招聘を決定した3人中2人が代々木・民青で、その1人は全国大学生活協同組合連合会会長に、もう1人は東大副学長になった代々木陣営内の実力者ですから、上野に逆らったらどうなるか、大学関係者なら尻込みするのは、ある意味当然ではないでしょうか。
— Com5thFlt (@COM5THFLT) 2021年2月7日
なぜかルールを理解してて最高にかわいい柴犬pic.twitter.com/phSihOUunl
— もふもふ動画 (@ru_ruru831) 2021年1月30日
きょうは「大寒」。
— NHK@首都圏 (@nhk_shutoken) 2021年1月20日
アライグマは飼育場にあるマンホールの中にもぐりこんだまま出てきません。
マンホールの中は外に比べると暖かいということで、飼育員がふたを開けるとすぐに自分で閉め、寒さをしのごうとしていました。
(長野市 茶臼山動物園)https://t.co/Nj0WIb59jP pic.twitter.com/nzKjUHr6rW
これは何だ?初めて見た。 https://t.co/HcXafHYcJx
— 気になる話 (@3dHApnucHhZIBsA) 2021年1月8日
「参拝者に祝福を与えるイッヌ」https://t.co/kvbQkUu10I
— ヤギの人(マスク) (@yusai00) 2021年1月13日
インド・ムンバイにあるシッディヴィナヤック寺院での光景。この犬はいつもこうしてここで参拝者を祝福しているのだそう。撮影者のFacebookはこちら→https://t.co/s6oJepisvK pic.twitter.com/X29y8w2z16
『推し、燃ゆ』(河出書房新社)作者の細かい観察眼は、現代人の日常生活、伝統的な風習などについても行き届いていて、その描写のさりげない文脈上の配置がみごとなのである。
祖母が亡くなって祖母の実家に、海外から急遽戻った単身赴任中の父、母、姉が集まる。成績不良で高校中退となったあかりの就活をめぐって、とうぜん雰囲気はよくない。
母に言われるままソファに沈み、目の前を父が陣取る。母が脇でテーブルを片付ける。父も母も、重い空気をわざと醸し出している。しらけた気分だった。
ひとり、横座りになった姉が、半乾きの髪をタオルで叩きながらテレビを観ている。湯上りで火照るのか耳が赤い。そっぽを向きながらも、緊張しているのだろうと思った。テレビには、耳の遠い祖母用の字幕が出ている。(p.87)
推し=上野真幸のバンドが真幸の不祥事により解散となり、あかりは何となく電車バスを乗り継いで推しが住んでいるマンションのあたりまで行ってしまう。そのバスの終点で。
……運転手は目の前にいるあたしにではなくて、乗客のひとりも乗っていないバス全体に知らしめるように、早くしてくださいねー、と言う。バスから押し出され、ふるえて崩れそうになる脚をふんばった。お盆のときに茄子や胡瓜を支える爪楊枝が浮かんだ。(p.119)
こういうところが小説の面白さ。こちらも左耳の難聴で、ふだんテレビは字幕付きで視聴しているので納得できる。祖母が亡くなっても、その設定だけが保たれているところにシュールな味があるのである。
バンドの解散が発表され、上野真幸ももうアイドルでも藝能人でもなくふつうの人間になるのだと宣言したことを受け、あかりはラストコンサートへの思いを述べる。
昨晩から今日にかけて与えられた情報には、何ひとつ実感がなかった。いまも自分の外側だけでしか受け止められていなかった。推しがいなくなる衝撃を受け取り損ねている。
とにかくあたしは身を削って注ぎ込むしかない、と思った。推すことはあたしの生きる手立てだった。業だった。最後のライブは今あたしが持つすべてをささげようと決めた。(p.108)
あかりの推しの上野真幸と真幸つながりの社会学者大澤真幸氏であれば、この「推し」とは即ち、現代日本人にとっての「第三者の審級」である、と分析するかもしれない。いずれにせよ宇佐見りんの『推し、燃ゆ』は、特定の世代限定の(一見新しく見える)表層的な感覚・感情を捉えている作品のレベルではないことは、たしかであろう。
1/25(月)午後2時開演、東京初台駅下車の新国立劇場オペラパレス(1F8列31席)にて、プッチーニ作曲、ダニエル・カッレガーリ指揮・東京交響楽団、アントネッロ・マダウ=ディアツ演出(田口道子再演演出)の『トスカ』を観劇した。プッチーニのオペラ作品で生の舞台を鑑賞したのは、『トゥーランドット』(1986年9/15 英国ロイヤルオペラ来日公演)、『蝶々夫人』(2019年10/4 東京二期会オペラ劇場)につづいて3作目。今回の舞台は、フランス古典演劇の三一致の法則に準じて、時(1800年6/17午前〜6/18夜明け)、場所(ローマ:聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教会・ファルネーゼ宮殿のスカルピアの執務室・聖アンジェロ城の屋上)、事件(脱獄囚をめぐるトスカ・カヴァラドッシ・スカルピア3人の関係と行動が3人の死を招く)が単一で無駄がなく、その劇展開に緊張感を保ったまま鑑賞できた。
第2幕のトスカ(キアーラ・イゾットン:ソプラノ)が切々と歌うアリア「歌に生き、愛に生き」では、とうぜんのように感動。1800年6/14「マレンゴの戦い」で、ローマ教皇(ピウス6世)を支持するオーストリア軍が、ローマ共和国の維持を図ろうとするナポレオン軍を撃破したとの誤報が、ローマに届き、戦勝祝いの儀式が聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教会で催される。第1幕最後、トスカを奸計でわが物としようする警視総監スカルピアの悪意と交差しつつ聖歌「テ・デウム(Te Deum)」が合唱される。この場面は邪悪を隠しながら荘厳で華麗、酔わされた。
第3幕で、スカルピアが生前「カヴァラドッシの処刑は見せかけだけで殺さない」とのトスカの前で出した命令は虚偽で、恋人で共和主義者の画家カヴァラドッシは、大天使ミカエルの像が建つ聖アンジェロ城の屋上で銃殺隊によって処刑されてしまう。スカルピア殺害の下手人としてトスカに追っ手が迫るや、屋上からトスカは身を投げて自害、ここで幕が降りる。プログラム加藤浩子解説によれば、実際のアンジェロ城は屋上から回廊が巡らされていて、落下中どこかに引っかかる可能性があり自殺は難しいのだそうである。実証派のプッチーニにしては「唯一の欠点?と言ったらいいだろうか」。また敬虔なカトリック信者であるはずのトスカが、禁を犯して自殺するだろうか?という疑問も残る。処刑前夜牢獄で歌う、カヴァラドッシ(フランチェスコ・メーリ:テノール)のアリア「星は光りぬ」は哀しく美しい。Go To イベント政策のおかげでオペラの愉悦を満喫できた、感謝。
池脇千鶴主演のドラマはめずらしい。かつてWOWOWで観た、呉美保監督の『そこのみにて光輝く』は、綾野剛と池脇千鶴の共演、原作が佐藤泰志でそのことさら暗い色調に、他の小説作品同様気が滅入るところもあったが、映画にはけっこう引き込まれた。
このドラマは脇役陣が魅力的、安心して観ていられる。江口のりこは、『わたし、定時で帰ります。』(吉高由里子主演、TBS)、『これは経費で落ちません!』(多部未華子主演、NHK)でも独特の味を出していたが、このドラマでもお寿司の高級ワサビの〈存在感〉。土曜深夜の放送で、基本12時までには就寝のわが原則を逸脱するも、それだけの面白さはある。
simmel20.hatenablog.com ところで『その女、ジルバ』の題名からは、昔ヒビヤ・みゆき座で観た、ミカエル・カコヤニス(マイケル・カコヤニス)監督、アンソニー・クイーン&イレーネ・パパス共演の映画『その男ゾルバ』を思い出した。この映画のラストシーン、浜辺でアンソニー・クイーン(ゾルバ)とアラン・ベイツ(バジル)が絶望をも超えて踊るダンスシーンは、忘れられない名場面であった。『その女、ジルバ』の社交ダンスの場面は、映画『その男ゾルバ』へのオマージュなのかも知れない。
「1982年のこの日、全国学校栄養士協議会で1月22日の給食のメニューをカレーにすることに決められ、全国の小中学校で一斉にカレー給食が出された」ことにより、1/22は「カレーライスの日」だそうである。
この正月、お年始代りということで、東京南青山のアジア1位・ミシュラン二つ星レストランNARISAWAの「特製ギフトセット」をいただいている。1/17(日)は第3日曜日、宅配弁当が休みの日なので、晩飯はNARISAWA特製ソース3点中、「黒毛和牛と有機野菜を使用した完全無添加のオリジナルカレーソース」をいただいた。カレーの上に最上級のステーキが乗っかっている味と食感を満喫した。残りの、「黒毛和牛のハヤシソース」と「黒毛和牛のビーフシチュー」は冷凍保存して、味を堪能するのはまた後日。
(黒毛和牛のカレーライス「NARISAWA」HPから拝借)