コーヒーは趣向品である

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 ブログで海外の最新の医学論文を、語学力も貧しい門外漢にもわかりやすく紹介・解説し続けている、東京・北品川藤クリニック院長石原藤樹医師の『コーヒーを飲む人はなぜ健康なのか』(PHP研究所)を読む。石原医師は、趣味人として演劇・オペラにも造詣が深く、臨床と理論研究を並行して怠らない、尊敬すべき医師である。食べ物あるいはサプリメントと健康に関する本・テレビ番組はだいたい眉唾ものと言えるが、この本は、海外の権威ある医学誌に掲載された論文を多く紹介し、そのエビデンスに基づいて解説しているので、信頼できるのである。仮説でしかないところ、マウス実験でのみ成立しているところなどを隠さずに、コーヒーのそれぞれの疾患予防効果について述べている。
◯1日3〜4杯のコーヒーが、飲んで予防効果があり、他のマイナス面を避ける適切な量である。
◯コーヒーというとカフェインに注目されるが、むしろ他の含有成分、とくにポリフェノールの一種のクロロゲン酸に多くの健康効果(まだ十分立証できていない)が期待できるのではないか。またクロロゲン酸が分解された後の代謝物コーヒー酸にも効果が認められている。
◯コーヒーを多く飲めば飲むほど、2型糖尿病になるリスクが低下している、ということが、110万人以上を対象にした2014年糖尿病専門誌掲載の論文で報告されている。毎日3杯飲めば、20%もリスクが低下するとのことである。
◯カフェインのマイナス効果として、心血管疾患へのリスクが問題にされているが、カフェインの代謝酵素の働きが低い人に限り、確かに心筋梗塞のリスクが増加する、との研究報告もある。代謝酵素の働きが強い人の場合は、むしろコーヒーによってリスクが低下している、という一方の事実がある。つまり一律には断定できないということである。
◯コーヒを飲むと脈拍数が多くなり高血圧や血管の病気を招くのではないかとの心配に対しては、心血管専門誌に2019年掲載の、日本の久留米市住民1902人を15年間観察したデータによれば、コーヒーを飲む量の多い人ほど脈拍数が低いということである。
スウェーデンで7万人を超える住民を長期間観察した結果によれば、コーヒーをよく飲む人ほど大動脈弁狭窄症のリスクが高くなっていた。しかしそれも1日6杯以上飲んでいる人に当てはまることで、3〜4杯なら明確な増加は認められない。
◯がんの予防効果については、肝臓がんと子宮体がんのリスクを下げる効果があるとの、2020年癌専門誌掲載の論文がある。小児の急性リンパ性白血病と膀胱がんについては、コーヒーを多く飲むことによってリスクが増加する傾向が認められている。
 さて読み進めて、個人的にもコーヒーを1日2杯欠かさず飲む生活習慣を永く維持しているので、納得し嬉しい感想であったが、最後にドンデン返し。

 ブラックが良いのですが、苦手な方は豆乳を加えるのがお勧めです。
 砂糖はお勧めしません。甘くしたい場合ははちみつがお勧めです。 

「本書で紹介しているのは、あくまでも病気予防や健康増進目的でのコーヒーの使用です」。こちらは、コーヒーはあくまでも嗜好品であり、ミルク(とくに生乳原料のクリープ)を加え、かつ砂糖3mgを入れないと楽しめないのだ。しかし予防効果も期待できる嗜好品という扱いで、これからも味わっていきたいものである。
 巻末「クリニックでの、コーヒー・ショート・ストーリーズ」と題して、著者が診察した患者のコーヒーに纏わるエピソードを三つ載せている。3番目の、ずっと独り映画を観ての帰り必ず喫茶店に立ち寄り、1杯のコーヒーを飲んで余韻に浸っていた老婦人の最期を看取るエピソードには感動した。もう少し手を加えれば優れた掌篇小説になるだろう。
 また含有成分でジテルペンという油の成分は、コーヒーのマイナス効果の方で影響を与えるとのことで、紙フィルターで濾過される場合は少ないのだが、「日本で飲まれることは少ないのですが、水から煮立てて上澄みを飲む、トルココーヒーでは非常に多くなります」。たまたまHulu配信で観ていた『オスマン帝国外伝』シーズン4・33話で、ヒュッレム寵妃が後宮宦官長の職を解かれ自由の身になったスンビュルの住まいを訪問すると、金は余るほど与えられてるが無聊を託つ彼は、コーヒー豆の商売を考えていて、ヒュッレムに「水から煮立てて上澄みを飲む」コーヒーを試しに出してみるシーンがあった。なるほどこれかと思った。面白い。