(オスマン帝国)大宰相イブラヒムと(英国)ジョンソン首相

kageki.hankyu.co.jp

 Hulu配信のトルコの大河ドラマオスマン帝国外伝』シーズン3が終わってしまった。「そして誰もいなくなった」展開で、いろいろな◯◯ロス状態になっている。出てくる女優がすべて表情に個性があり美系である。皇帝スレイマンのお気に入りの側女、じつはペルシャの王女で、ペルシャに帰還してしまうフィルーゼ、愛する人(イブラヒム)と愛娘を失い、最後は崖から飛び降り自害する元後宮女官長ニギャール、宿敵ヒュッレム寵妃追放のたくらみがことごとく失敗し、みずから帝都イスタンブールを追われる冷静なシャー皇女など、視聴者でも喪失感を感じてしまう。また劇作家ピランデルロ的・舞台裏的喪失感では、可憐な顔にふてぶてしい唇をもったヒュッレム役の女優(ドイツ人)がどうやら妊娠していたらしく突然の降板で、「衝撃の結末」と題される最終エピソードで、誘拐監禁されていたヒュッレムが解放され帝都に戻るが、スレイマンが抱き寄せたその女性は、まったくイメージの違うふつうな感じの高齢の女性、まさに「衝撃の結末」であった。解放された寵妃ヒュッレムが、宮殿入口で馬車から降りるのを見届けた、皇帝スレイマン近侍の武人マルコチョーロは、寵妃救出の皇帝命令を長期間かけて完遂、(皇帝の許しを得ていて)役を辞して故郷に帰るべく馬に乗り、まるで西部劇のガンマンか黒澤映画の用心棒のようにひとり帝都を去って行く。ここでもマルコチョーロロスだ。

 さて印象的シーンの多いこのドラマであるが、個人的にいちばんの名場面として、スレイマンの苦悩の末決断した、若きころからの友である大宰相イブラヒム処刑命令を執行するため、黒い覆面をした4人の死刑執行人が深夜宮殿の廊下を歩くところ、を挙げたい。悲しみと絶望と懐疑と諦念、視聴者が抱く錯綜した想念と感情を凍結させてしまうように、イブラヒムの眠る部屋に沈黙して近付いて行くその様式美と緊迫感に感動した。

 スレイマンは、ドラマではしっかりした〈御庭番〉をもっていないらしく、ヒュッレムとその一派の陰謀にまるで気づかず、恋した弱みからヒュッレムの狙い通りに動かされていくが、史実としてはどうか。書庫からもってきた、『岩波講座・世界歴史15』所収の、三橋冨治男氏の「オスマン帝国とヨーロッパ」を読むと、「トルコ時代」をつくったスレイマンが、ハンガリー攻略にこだわった理由などわかるが、次のように歴史的評価をしている。

“壮麗者”“偉大者”“立法者”の異称をもつこの大スルタンがその名声をかち得た事績は何であったか。それは不安定要因をいくつも抱えるヨーロッパで指導権を握ろうとするハプスブルクの計画を挫折させ、この王朝に対抗する政治的勢力を鼓舞し、ひいてはヨーロッパに勢力の均衡をもたらしたことにあるといえる。以後ヨーロッパで人口に膾炙し現今まで強烈な印象を持ち続ける東方君主こそ、シュレイマン一世にほかならなかった。 (p.425)

 大宰相イブラヒムは、ヴァイオリンを弾き、ギリシア・ラテンの古典に通じ、古代美術の造詣も深い。驚くべき教養人で武人、これこそ本物の文武両道の人である。処刑される夜、眠りにつく前も寝床でダンテを読んでいたのである。

www.jetro.go.jp

 保守党の圧勝で英国のEU離脱ブレグジット)が決定的となった。保守党党首のジョンソン首相は、パフォーマンスの外見的印象ではポピュリストのようだが、とんでもない。英国の正統派のエリートなのだ。谷本真由美氏の記事でわかる。

ironna.jp

 ジョンソン首相は元々オスマン帝国(現在のトルコ)の革命戦士系の家柄で、政治家や外交官だらけのエリート金持ち出身。20人の歴代首相を輩出する超有名私立のイートン校で最優秀学生、オックスフォード大では古代ギリシャ語やラテン語をやってた超スーパーエリートなんですよ。オックスフォードでも古典やるのって超優秀中の優秀の人だけ。

 この人ね、頭がいいからわざと簡単な言葉を使って見た目も偽装してるんですよ。ただのポピュリストじゃないし、トランプおっさんともN国の立花孝志とも大違いですからね。日本のメディアは分かってないけど。

 はるか遠くオスマン帝国と繋がる、現代のイブラヒムともいえる(?)ジョンソン首相の今後打ち出す政策に、注目するべきだろう。