千葉県市川市の山本書店閉店

 昔当時の書店主自ら拙宅に買取り出張にきていただいた。大江健三郎三島由紀夫ほか高校時代から愛読していた小説単行本の多くと、美術雑誌みずゑ数十冊など処分。
 東京創元社発刊限定本『犯罪幻想』の江戸川乱歩直筆署名について鑑定し「間違いないです、これは江戸川乱歩の直筆」と。買取り対象ではないとわかると少しがっかりさせてしまったのを、記憶している。




カント生誕300年(1724年4/22誕生)

simmel20.hatenablog.com▼小島准教授の「陽明学的心性」は、マックス・ウェーバー風にいえば、「結果倫理」ではなく「心情倫理」にあたるものであろう。明治になって、この「陽明学的心性」は、キリスト教プロテスタンティズム)やカント哲学そして社会主義思想の受容まで基層で支えていたのではないかと分析している。見事な考察である。
『彼らが信じた「陽明学」を「陽明学ではない」と断言的に否定する権利は、わたしにはない。彼らが求めていたのは、王陽明その人の教説に原理的に忠実に生きていくことではなかった。彼らが置かれた時代背景の中で、生活指針となりうる過去の思想的遺産であった。それは「彼らの陽明学」であった。ここで私に言えることは、「彼らの陽明学は、王陽明陽明学ではない」ということだけである。』▼

simmel20.hatenablog.com

simmel20.hatenablog.com 中島義道電気通信大学教授の『悪について』(岩波新書)は、悪一般について考察した書ではなく、カントの倫理学の紹介でこれまで素通りしてきた問題を掘り下げて取り上げている。あいまいな理解であったところに光があてられてありがたい。
「きみ自身の人格における、またほかのすべての人格における人間性を、常に同時に目的として使い、けっして単に手段として使わないようにせよ」という定言命法の第2式は、カントの「人間は創造の究極目的である」との、広い意味でのキリスト教的人間観を前提としなければ「到底理解できないもの」だということに、鈍感であってはならないだろう。さらに、この場合の「単に手段として使わない」とは、非適法的行為にむけて使わないという意味であることにも注意したい。
 カントの定言命法とは、「いかなる条件にも限定されない命法なのではなくて、実は自己愛という条件に限定されない命法にすぎない」のであり、いっぽう仮言命法とは、「自己愛の動機に条件づけられた命法」ということになる。なるほどすっきりする解説である。そしてこの「自己愛=Selbstliebe」は、「自己偏愛=philautria」と「うぬぼれ=arrogantia」の二つに分けられる。前者の「自己偏愛」は、誰もが幼児のころからもつ自己に対する自然な愛着のことで、実践理性によって道徳法則との一致に制限可能であるが、後者の「うぬぼれ」は表面的、対外的には善人としての振る舞いに隠されてしまうので、「たたきのめす」しかないものである。(なお後半で、定言命法とは、自己愛および、外的完全性や神の意志に盲目的に従う「意志の他律」の条件に限定されない命法と修正している。)
 自殺についてのカントの論証は不十分であると、著者は考える。自殺は、自己愛に基づいているからすべきではないとするが、自己愛から自殺をしない場合は、適法的行為であっても、動機が自己愛に基づくから道徳的に善くないという論証も必要になってくるのに、そういう展開にはなっていない。そもそも自殺の動機が自己愛に限定できるか疑わしい。「ふっと死にたくなって」自殺することもあるだろうから。
『カントは、適法的行為の普遍妥当性を確信していたのではない。疑っていたのではない。彼はおよそ適法的行為の普遍妥当性に対して、興味を示さないのだ。彼が確信していたのは、「道徳的に善い行為」の普遍妥当性だけである。』
 有名な、刺客に追われた友人の逃げ込んだ居場所を「嘘」をついて教えないことは、自己愛の動機による非適法的行為であるとするカント倫理学の厳格主義も、「根本悪」としての「たたきのめし」難い人間の自己愛をいっぽうに見据えて、あくまでも「道徳的に善い行為」の普遍妥当性を堅持するためであろう。(批判に晒されて、友人が助からないとは限らないなどと弁解しているところは、カントも可愛いものだ。)
『こういう事態は、日常的にもいたるところに転がっている。あなたが、非適法的行為(嘘)を実行して「しかたがなかったんだ」と呟いてはならないように、たとえあなたが道徳的に善い行為を実現したとしても、その結果他人に禍を及ぼした場合、やはり「しかたがなかったんだ」と呟いてはならないように思う。自分を守ってはならないように思う。
 では、あなたはどうすればよかったのか。正解はない。あなたが道徳的人間なら、あなたはどちらを選ぼうと「しかたがなかった」と呟いてそれから眼を逸らせてならないことだけは確かである。あなたは、どこまでも「自分はどうすればよかったのか?」と問いつづけなければならない。たとえその答えが永遠に与えられなくとも。』
 素人には窺い知れない深い蓄積を土台にカントをいじくり回して、出てくる結論は、案外に常識的なことではある。あるいは、パリサイ派と対決したイエスと重ねても間違ってはいないだろう。むろんどこかですでに聞かされたことだからといってたやすく実行できる生き方ではなく、重く受けとめなければならないのはいうまでもない。▼

simmel20.hatenablog.com

         庭のハナミズキ満開

物語のなかの小道具の存在

 

 バルザックの中篇『あら皮』は、骨董屋で売られていたあら皮が、これを手にした所有者の人生を動かしそして破滅させるという物語、好きな作品である。ここでは、あら皮がまるで「利己的な遺伝子」のように所有者の人生を支配するが、そこまで主役級のはたらきをせずとも、物語(小説・映画・演劇)のなかで小物(小道具)が存在感をそれとなく示している場合が多いのである。

simmel20.hatenablog.com
映画館と映画へのオマージュということでは、とうぜんジュゼッペ・トルナトーレ監督の『ニュー・シネマ・パラダイス』がある。成功した映画プロデューサーになった主人公のサルヴァトーレが終幕で、映画のキスシーンばかりを編集したフィルムを観るが、そこには女性同士のものはなかったと記憶する。この接吻のエピソードは、樋口尚文監督がそっと追加したかったのであろう。拍手。
 http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20110414/1302760815(「Merci Beaucoup Birkin!」)
 映画パンフレットの記事によれば、第12のエピソードの白いボールは、ロジェ・ヴァディム監督ほかの『世にも怪奇な物語』に出てくるのだとのこと。さっそくこの映画のパンフレットにあたると、第3部(現代篇)「悪魔の首飾り」の小道具と判明。第13での「それは暁というのです。お客さま」とヒナコ=佐伯日菜子が言う台詞は、ゴダール監督『カルメンという名の女』のものだそうだ。後で確かめてみたい。

ソフィー・マルソー頌

mi-mollet.com

simmel20.hatenablog.com▼わが父は、邦画は嫌いでまったく興味がなく、観るのは当時二つあったロードショー館での西部劇を中心とした洋画ばかりであった。だから、小・中学生のころすでに外国のスター女優の名前を少なからず諳んじることができたが、男優はいてもとくに贔屓の女優はいなかった。その後仏・伊ほかヨーロッパ映画のお気に入りの女優が多数できたが、名前を列挙するほどのことではない。そのひとりに、「女優マルキーズ」で、十七世紀フランスの舞台女優を演じたソフィー・マルソーがいる。じつは文才豊かな彼女は、みずからの小説で主人公の女優に託して書いている。
「その幻の世界では、なにを話しても、文字遊びのようにどんどん点数が加算され、世界が危険なまでに活性化していく。そこでは〈人間〉と〈英雄〉が同一視され、誰もが〈私〉と〈彼〉のあいだをふらふらと行き来する。この世界から逃れるには、お酒で酩酊するか、戦士や狂人になるか、魔法使いになって陶酔しながら炭の上を歩き、踊りながら奇跡を願うしかない。この仮想世界では、人間の精神は、恐ろしいほどに陽気で、とらえどころがない。/人は幻の世界に入りこむと、魅力的な知性をもった、絶対になびくことのない悪魔に心を奪われ、不可能を追いかけてしまう。しかし、それで得ることができるのは、指に引っかかった数本の金髪と、肌色のガーゼのようにもろい蠅の脚ぐらい。」(『うそをつく女』金子ゆき子訳・草思社

simmel20.hatenablog.com

ディドロ『ラモーの甥』

     ✼spartacusさんは、王寺賢太東京大学教授(18世紀フランス思想)

simmel20.hatenablog.com▼そのオペラ作品『イポリートとアリシー』の初演が昔実現(2003年11/8・演奏会形式)している(こちらは、残念ながら聴いていない)、18世紀フランスの音楽家ジャン=フィリップ・ラモーの甥ジャン=フランソワ・ラモーをモデルとした、ディドロの『ラモーの甥』では、パリのカフェで、聞き役の〈私〉を相手に、「ラモーの甥」と呼ばれる〈彼〉が、まるで西部邁氏と渉り合ったかつての宮台真司氏といった感じで「道徳論」など論じまくるが、人間の「ポーズ」について面白いことも語っている。
彼…貧乏な人間は普通の人のような歩き方はしません。彼は飛び、這い、のたくり、足を引きずって歩きます。彼はいろんなポーズをとったり、してみせたりすることで一生をすごすんです。
私…ポーズって何なんだね?
彼…それはノヴェールのところへ行って聞いてごらんなさい。上流社会は彼の芸術でもまねられないほどいろんなポーズを提供していますよ。
私…だが、君もやっぱり、君の表現か、またはモンテーニュの表現を用いるなら、「水星の周転円の上にとまって、」人類の色々なパントマイムを眺めているんじゃないかね。
彼…いや、いや、そうじゃないですよ。わしは大変重いですから、そんなに高くは上れません。霧の国のことは鶴たちにまかせておきまさ。わしは、ごく月並なやり方でゆくとします。あたりを見まわして、自分のポーズを採用するか、さもなけりゃ、ほかの連中がポーズをとるのを見て楽しみます。(岩波文庫『ラモーの甥』本田喜代治・平岡昇訳)

 

ノートルダム大聖堂火災からもう5年が経過

simmel20.hatenablog.com▼パリのノートルダム大聖堂は、昔一度だけ旅して眺め、かつ中にも入っている。人並みに壮観さに圧倒された記憶はある。

 ヴィクトル・ユゴーの原作を高橋睦郎が脚色した、蜷川幸雄演出の『ノートルダム・ド・パリ』の舞台を、1979年5月日生劇場にて観ている。せむしの鐘つき男カジモド=若山富三郎、妖美なジプシー娘エスメラルダ=浅丘ルリ子エスメラルダへの欲情抑えられない僧正=菅野忠彦、国王=田中明夫というキャスティングであった。また観たい蜷川作品の一つ。

 一昨年亡くなったフランス文学者の篠沢秀夫氏は、公演プログラムで、ユゴーの原作『ノートルダム・ド・パリ』の道具立てには、ロマンティックな要素がすべて現われているとし、コントラストの激しさと、「よくよく見ればわが子なり」という「見あらわし」まで含む波乱万丈の筋立ての二つがそれにあたると書いている。

 けれど何より特徴的なのは、中世への好みです。ノートル・ダムとは、“われらの貴婦人”の意味で、聖母マリアを指します。各地に聖母マリアに捧げられた大教会があり、それを“どこどこのノートル・ダム”というわけです。パリのノートル・ダムは1163年に起工、1245年に一応完成した、代表的なゴチック式寺院で、今日でもパリ大司教の司祭する教会として機能しています。この作品はノートル・ダムを凝視して生まれて来た幻想ともいえ、ユゴーの幻視詩人としての資質をよく示しています。( p.29 )

f:id:simmel20:20190416115442j:plain

f:id:simmel20:20190416115455j:plain

f:id:simmel20:20190416115506j:plainf:id:simmel20:20190416115517j:plain

f:id:simmel20:20190416115526j:plain

藤岡康太騎手の逝去を悼む

jra.jp

www.youtube.com



ワーグナー『ニーベルングの指環』ガラ・コンサート(4/7 東京・春・音楽祭2024)を聴く

 ドイツオペラ特にワーグナーが専門の山崎太郎東工大リバラルアーツ研究教育院教授の「春・音楽祭」プログラム寄稿の解説は、面白く参考になる。
◯神話世界を舞台に、至上の権力をめぐる登場人物たちの争いを、愛や憎しみの諸相とともに描いた舞台祝祭劇《ニーベルングの指環》四部作ーこの作品の内部には一つの世界が誕生し、滅亡するまでの長大な時間が流れているが、しかし一方で、登場人物たちの血縁関係に思いを巡らすなら、祖父母から孫に至る三世代の家族の物語と見なすこともできる。(p.68)
◯ところで、ヴォータンは最高神でもあるから、「遠大な構想」は「天から人間に下された運命」と言い換えてもよいだろう。そこから仄見えてくるのは、「決定論」対「人間の自由意志」という大きな対立項だ。《指環》全編の展開において、作者ワーグナーははたしてそのどちらに軍配を上げるのか?(p.71)

simmel20.hatenablog.com

simmel20.hatenablog.com

simmel20.hatenablog.com