「啐啄」の書(長谷川泉揮毫)

 秦恒平『親指のマリア』(筑摩書房)の「福音の章〈勘解由Ⅱ〉」に、新井勘解由(白石)の六代将軍家宣への進講について記述しているところがある。
……よい政治をしたい。家宣は古くから毅然としてそれのみを考えてきた人であった。よい政治をしていただきたい。彼は甲府侯を主と定めた日から、他念なくそれのみを願ってきた男だ。啐啄同機ー。生まれ出ようと子は卵の殻を内からつつく、みごと生れて欲しいと親は卵の殻を外でつつく。機が合って、殻は内から外から、機を一にからりと割れる。そういう師で弟子でありたいとも、二人は、なんのてらいもなく思い合っていた。……(p.262)

 この「啐啄(そったく)」のことば、作者秦恒平氏の昔の勤務先=医学書院の上司であった、文藝評論家の故長谷川泉氏から自身揮毫の書を贈っていただいている。短篇集『メドゥーサの眼』(龍書房)上梓を祝福して下さってのこと。あらためて感謝の気持ちが湧いたことであった。
 http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20120214/1329203695(『「書縁千里」というほどではないが:2012年2/14』)