韓国のフィジカル・シアター公演『ヴォイツェック』観劇


 
 昨日5/3(金)は、世田谷のシアタートラムにて、韓国の代表的フィジカル・シアターの劇団「サダリ・ムーブメント・ラボラトリー(S.M.L)」の公演、ゲオルク・ビュヒナー作『ヴォイツェック』を観てきた。子供用のような小さな椅子を登場人物一人一人が用いて、坐ったり、戯れたり、投げ合ったり、組み立てたりしながら、主人公ヴォイツェック=ソ・ユチュンの妻(マリー)=シム・ジェソン殺害のドラマを展開する。台詞もとうぜん韓国語(日本語字幕)であるが、時おり日本語も交える。フィジカル・シアターが、身体性・肉体性を越えた、物質性としての人間とモノとの関わりを追求しているとのことで、一つの言語で終始すれば、〈国籍性〉もしくは〈民族性〉に縛られた身体性の次元の舞台に後退してしまうからであろう。
 S.M.Lは、パリのルコック国際演劇学校の卒業生らによって創設された劇団で、学校の創設者ジャック・ルコックの手法=ルコック・システムを源流としているのが、フィジカル・シアターである。植松侑子氏によれば、「韓国国内でフィジカル・シアターという場合、俳優の発話(セリフや歌)や豪華な舞台装置に依存せず、俳優の身体表現によって作品が展開するものを指している」(同公演パンフレット)そうである。さらに関連して韓国の舞台藝術においては、90年代後半に生まれたダウォン(多元)藝術の考え方が重要で、これは「演劇、ダンス、映画、美術、文学、音楽、コミュニケーションアートまで含む様々な藝術分野が混在したハイブリッドなジャンル」のことだそうである。英語では、「Interdisciplinary Art」or「 Multidisciplinary Art」。
 http://www.physicaltheatre.jp/jp/physical.html(「フィジカルシアターとは?」)
 http://maticcco.blogspot.jp/(「まてぃっこブログ:植松侑子ブログ」)
 昨年観劇した、ロベール・ルパージュ作、吹越満演出の『ポリグラフ嘘発見器』も、Interdisciplinary or MultidisciplinaryなArtの構成・演出であって、フィジカル・シアターの舞台であったことを、不覚にもいま気がついた次第。
 http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20121229/1356784878 (「ルパージュの魔術・美人女優の裸」)
 さてふつうの小道具以上の役割と意味をもった椅子であるが、演出家のイム・ドワンは、「舞台上のオブジェである‘椅子’の持つ意味について、観客の皆様の共感を得られたら、私にはこれ以上の喜びはないでしょう」(公演パンフレット)と述べている。こちらはこの「椅子」を、人生を生きる自信と安心の根拠のようなものと読みとった。はじめにこの「椅子」がかんたんに壊れてしまうところを見せていたのもその裏付けとなろう。「椅子」なしに夫(兵士ヴォイツェック)と、鼓手長と不倫の恋で堕ちてしまった妻(マリー)は、殺す者と殺される者となるのである。妻マリーを演じたシム・ジェソンは小島聖を少し小柄にした女性といった印象で、無機質な官能性を放って存在感があった。 
 なお今年は、原作者のゲオルク・ビュヒナー(1813〜1837)生誕200年、『ヴォイツェック』上演(初演1913年)100周年にあたるそうである。昔少年時代ビヒュナー生誕150年(1963年)を記念して、劇団「俳優小劇場」が『ヴォイツェック』を上演したとき(1964年)、観ている。千田是也・早野寿郎演出で、ヴォイツェックを昨年暮れに亡くなった小沢昭一が、マリーを楠木侑子がそれぞれ演じている。この舞台のことは遥か忘却の彼方にあるが、公演パンフレットを探し出して読んでみた。遅ればせながら小沢昭一さんのご冥福を祈りたい。


⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家のクレマチス。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆