殺生戒を破る


 殺生戒は五戒の一つで、殺生とは、中村元博士著『佛教語大辞典・下巻』(東京書籍)によれば、「生きものを殺すこと。いのちあるものの生命を殺害すること」とあり、「これは最も重い罪の一つなので、仏教では僧侶にも世俗人にもすべてこれを禁じている。特に大乗ではこれを重視し、殺生禁断を強調する。放生(ほうじょう)はその一つのあらわれである」とのことである。なお第2に「殺生をする人」の意味もあるとある。「放生」とは、同辞典によれば、「山野池沼に魚鳥を放し逃がしてやること。慈悲行の一つとして行なう」ことである。

 http://www.asahi-net.or.jp/~dp7a-tnkw/asidaka.htm(日本蜘蛛学会評議員谷川明男氏「家の中に出現するこの巨大なクモは」)から拝借
 さて数日前のこと、わが家2階廊下の壁を大きなクモ=アシダカグモが移動しているところに遭遇、腰を抜かすほどに驚いた。何年か前に庭側のガラス戸の外側にへばりついているのを発見、それ以来の出会いであった。そのときは、外壁に止まっていたカマキリを狙っての行動と合点がいったものである。そのとき調べて、このクモがきわめて有能なゴキブリハンターであることを知った。そいつに出くわしたのだ。夏のゴキブリ出現の予兆なのか、驚きのすぐ後に不安がよぎったのである。
「ゴキブリなど家の中の衛生害虫を食べる天敵としては益虫ではあり、姿を苦手とする人にとっては不快害虫でもある」(Wikipedia)、まさにその通りであって、これを駆除すべきかどうか一瞬の逡巡の後、掃除機で吸い込み、夕闇の庭に出て紙パックごと始末した。しかし、ゴキブリをスリッパで叩きつぶした後の快感および達成感とは異なる、罪責感が生まれてしまったのである。庭に放生する方策もあったが、また侵入してしまう可能性が考えられ、自衛のための措置とは相成った。なお大急ぎで付記しておくと、わが家には、アウェーのは別にしてほとんどゴキブリは棲息していない(と確信している)のである。このところ住居内野放しにしているたくさんのハエトリグモをまったく見かけなくなっていたのは、このアシダカグモに補食されていたからだったかと納得。
 アジアにおける仏教の現実は、かんたんではないようである。


⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家の薔薇の花。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆