近藤克則日本福祉大学教授の『「健康格差社会」を生き抜く』(朝日新書)は、「人を生物学的側面からとらえる現在の医学に、生物医学モデルから生物心理社会モデルへとパラダイムを拡張することを迫る」社会疫学の、これまでの実証的研究成果を踏まえて、人権問題として考察・対処が求められる「健康格差」問題を論じた書である。啓蒙されるところが多い。
健康のことは、自己管理・自己責任の領域の問題であるとの認識をもちやすいし、さしあたって生活する上ではそれは自明の前提であるが、人ひとりの健康・病気の問題は、所得格差や社会階層的地位の分布などの環境、および出生からの生活史が関連しているということだ。たとえば低体重の胎児で出生した場合、糖尿病発症リスクが有意に高いそうだ。あるいは、絶対的な貧困のみならず相対的な所得水準比較において低い所得の場合でも、健康状態を害する傾向にあるとのことである。つまり、環境対策のように、健康対策が「社会投資(social investment)」もしくは「積極的社会政策(active social policy)」として要請されているということである。
『メタボの診断基準の一つとなっている脂質異常症が、生活習慣だけで起きているわけではないことを示す研究がある。タバコも酒もフィットネスクラブもないサル山のサルを使った研究もある。サル山にもボスザルを頂点とする社会階層がある。そして社会階層が低いサルほど、善玉のHDLコレステロールが低いことがわかっている。社会階層が低いことは、好ましくない生活習慣だけでなく、社会的心理的ストレスなどによっても、脂質の異常などをもたらしていると考えられる。』
スウェーデンのある造船所が閉鎖される直前、失業への不安からか、労働者のコレステロール値が上がるなど循環器疾患の危険因子が増えていた事例。ある地域にカジノがオープンし、4年間追跡調査したところ、低所得層から脱出できた階層の子どもの精神保健上の問題が減少した事例。たしかに、社会・経済的環境の影響が大きいことを知らされる。しかし、受診料をゼロにしたからといって問題が解決するわけではないことは、「受診時原則無料のイギリスにおいても、健康格差が拡大してきたことからもわかる」。
企業の製造する加工食品の減塩を押し進めなければ、各人の減塩は成功しない。社会環境への介入が必要なのだ。この財政難での「大きな政府」の機能復活もむずかしいだろう。近藤教授は、ヨーロッパ諸国の近年の取り組みを紹介しながら、「well-being(幸福・健康)」を高めるための、政府のみならずNPOなどを含めた多元的主体による「パブリック」が育ってくること期待している。リバタリアンはむろん、新自由主義者は説得されないだろう。著者の提言がどう実現するのか見守りたい。
『社会疫学の蓄積が進んだヨーロッパでは、すでに政府に意識され、大きな関心が寄せられている。個別的な新規戦略を試し、包括的で調整された政策まで、進捗の度合いはいろいろだが、行動を起こす意志がある点では共通している。』
- 作者: 近藤克則
- 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
- 発売日: 2010/01/13
- メディア: 新書
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