ジャン=リュック・ゴダール(Jean-Luc Godard)監督逝去

 

セネガルにセンベーヌ・ウスマンありとすれば、ブラジル映画史には、グラウベル・ローシャ(Glauber Rocha)が存在する。60年代に出現したこの映画監督を、かのゴダールは、当時「もっとも新しい映画監督の一人」と絶賛したといわれる。81年8月に急死しているローシャの作品を一度だけ観たことがある。『黒い神と白い悪魔』という、モノクロの作品である。1966年度サンフランシスコ映画祭大賞を受賞している。そのあと作られた『アントニオ・ダス・モルテス』というカラーの作品と一緒に企画上映されたとき観たと記憶している。『アントニオ・ダス・モルテス』は、1969年度カンヌ映画祭監督賞を受賞している。 
 『アントニオ・ダス・モルテス』の物語は、ブラジル北東部のある小さな町で起こった出来事。若い聖女のもとに集う村人たちを、なかにガンガセイロと呼ばれる義賊的山賊の服装をしたものもいて、その熱狂を怖れ、大地主は殺し屋一味に頼んで殲滅してしまう。はじめは、大地主の妻と密通していた旧知の警察署長の依頼で、ガンガセイロと戦ったアントニオ・ダス・モルテスは、真の敵が誰かを悟り、この殺し屋一味を退治し、聖女とともに、長槍で、この大地主を突き刺す。平岡正明氏は、「この構図は『座頭市牢破り』そっくりだ」と述べている。 
 『黒い神と白い悪魔』の物語は、貧しい羊飼いのマヌエロが牛を運んだ報酬の支払いを拒否した大佐を殺し、山の彼方に緑の大地が存在すると説き信徒を集める、黒人神父の下で政府軍と戦うことになるてん末である。この神父の一団を倒すために、牧師や地主らから雇われたアントニオ・ダス・モルテスが、自分の赤ん坊を儀式の生け贄に殺されて、激昂したマヌエロの妻の手ですでに刺し殺されて、神父のいなくなった教団の信者を皆殺しにしてしまう。マヌエルは今度は、コリスコ大尉の率いるガンガセイロに加わり、民家の略奪を行なう。アントニオ・ダス・モルテスは、対決の場で、降伏しなかったこのコリスコを射殺する。マヌエロはひた走りに走って逃げる。 
 ブラジルの発見は1500年。独立は1822年、奴隷解放1888年、ブラジル共和国の建設は1889年だそうである。ポスト・コロニアルの文学・映画を考えるうえで、ローシャの仕事も逸することはできないのだろう。 (2013年2/19『「エキプ・ド・シネマ」の高野悦子さんを偲ぶ』)

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 観ていない作品多く個人的な好みもあろうが、映画作品として『勝手にしやがれ』『気狂いピエロ」などは印象に残らず、ゴダール作品では、『女と男のいる舗道』とオペラ・アリアのオムニバス『ARIA』中の「アルミード」(リュリ)の小品を最も評価している。かつてHPに記載のものを再掲しておこう。

▼あるオペラ劇場の中で、ただ一人の観客の貴婦人(Sophie Ward)のために最後に道化師の扮装で『道化師』(レオンカヴァッロ)を歌うまで、John Hurtに狂言まわしをさせながら紹介される、オペラの名曲を借りた映像集『ARIA』(1987年作品)。
 北米盤R1のDVDで鑑賞した。世界の代表的監督9人がそれぞれ小品を作り、海辺に押し寄せる波のように、ひとつの感動にとどまらさせまいと、味わいの違う映像を差し出してくる。オペラの何という曲なのかわからないまま、映像の魅力で最後まで引きつけられてしまう。9人の監督とは、Nicolas Roeg、Charles Sturridge、Jean-Luc Godard
Julien Temple、Bruce Beresford、Robert Altman、Franc Roddam、Ken Russel、Derek Jarman、Bill Brydonという顔ぶれである。 とくに、ジャン=リュック・ゴダールケン・ラッセルデレク・ジャーマンに注目して観たのは当然であろう。

 ゴダールの作品は、ジムでマッチョな男たちがいろいろな器械を使って鍛練している側で、掃除係りの二人の若い女性が、裸になって纏いつくところを描写したもの。曲は『アルミード』(リュリ)で、はじめて聴いた。時どき音楽が止まり、トレーニング用メカの音などが入ったり、女たちの動きに合わせて男どもの反復運動が捉えられたり、とにかく遊びがあって面白い。どこかで見せられたような人物の造型的配置をからかっている印象もあり、魅力的だ。二人の女性も素敵、交互に「ノン」と「ウィー」を大声で叫ぶ場面なども可愛らしい。
 ケン・ラッセルは、『トゥーランドット』(プッチーニ)を使って、自動車事故で全身に重傷を負った女性が手術台の上に横たわりながら、どこかの国の女王として戴冠する幻想を見るというお話。ケン・ラッセルらしくKitschな雰囲気漂う一品である。

 デレク・ジャーマンは、『ルイーズ』(シャルパンティエ)を聞かせながら、老いた歌姫が舞台で、花吹雪の中ひとり歌いつつ恋に燃えたみずからの青春を懐古するという映像。回想のシーンはモノクロの素人のビデオ映像のような仕立てで、いまの〈老い〉の悲哀がいっそう際立つ印象を残した。女優では、フランク・ロッダム監督の『トリスタンとイゾルデ』(ワーグナー)に付けた話で、ラスベガスのホテルで性的昂揚の果てに恋人と心中を企てた女性を演じたBridget Fonda(ブリジット・フォンダ)が魅力的だった。
 ジャン=リュック・ゴダールの作品だけは、CHAPTER(チャプター)で呼び出し、繰り返し鑑賞。これも北米盤のおかげであろうか。(2003年9/23記)