ワーグナー台本・作曲『ニュルンベルクのマイスタージンガー』(12/1 新国立劇場)観劇

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 12/1(水)新国立劇場・オペラパレスにて、ワーグナー台本・作曲、イェンス=ダニエル・ヘルツォーク演出『ニュルンベルクのマイスタージンガー』を観劇した。この作品は、1987年3月NHKホールでのベルリン国立歌劇場来日公演以来2度目の鑑賞。

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   例によって、新国立劇場前の珈琲館でハヤシライスランチ&コーヒーをいただいてから、長丁場の観劇にいざ出陣。

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 壮大な序曲風の前奏曲大野和士指揮、東京都交響楽団)に胸躍らせていると第一幕の幕が上がる。聖カタリーナ教会(史実では、実在したマイスタジンガーの大スター、ハンス・ザックスが活躍したころは聖マルタ教会)内部での場面。騎士出身の歌う詩人ヴァルター・フォン・シュトルツィング(シュテファン・フィンケテノール)が登場。乳母マグダレーネ(山下牧子:メゾソプラノ)とコミカルな掛け合いの、エーファ(林正子:ソプラノ)と互いに惹かれあうことがわかる。町の有力者ファイト・ボーグナー(ギド・イェンティエンス:バス)が翌日のヨハネ祭の歌合戦に勝利した者に、自分の全財産と娘エーファを贈呈すると歌う。マイスタージンガーの資格をもっていないヴァルターに試験が課され、記録係(審査役)のジクストゥス・ベックメッサーアドリアン・エレート:バリトン)が歌の細かい規則を説明し、この規矩を外せば資格なしとし、試験に応じて歌ったヴァルターは不合格とされる。このベックメッサーが最後まで揶揄の対象となり、悲劇『タンホイザー』に対して、完成に26年を要したこの作品は、もともと喜劇として構想されたわけである。

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 中庭をぼんやり眺めたりしながら休憩を愉しみ、第2幕へ。16世紀にマルティン・ルターがドイツ語訳聖書を刊行、「新しい信仰と、新しいドイツの藝術」が始まろうとしている中、歴史上のハンス・ザックスは「ヴィッテンベルクの小夜啼鳥」を出版している。ハンス・ザックス(トーマス・ヨハネス・マイヤー:バリトン)が、靴屋マイスタージンガーであることが、ここではっきりする。ザックスの「ニワトコのモノローグ」のニワトコとは、ライラックのことか。ニワトコの香りの詩句が頻出する。過去に妻に死なれたザックスは、じつは秘かにはるかに年下のエーファに想いを寄せているのだが、告白することはない。同じくエーファに恋しているベックメッサーがやってくる。ヴァルターと駆け落ちしようと図り、エーファは乳母のマグダレーネと服を交換していて、2Fベランダのそのマグダレーネに向かってベックメッサーは歌い出し、歌に対しザックスはダメ出しのハンマー叩きを繰り返す。さては恋人に求愛しているのかと勘違いした、徒弟のダーヴィット(伊藤達人:テノール)とベックメッサーは殴り合いの喧嘩となり、近所の人々も出てきて大喧嘩となる。祝祭の底にある喧騒と暴力性が露わになったところか。
 第3幕。ザックスの部屋に(泊まらせてもらった)ヴァルターが起床してやって来て、見た夢の話をする。ザックスはそれを詩にして、伝統的な形式に従いながら歌として完成させることを勧め、詩を書き留める。ヴァルターの居なくなったザックスの部屋にベックメッサーが入って来て、机の上の詩の原稿をザックスの作と思い込み、ザックスも歌合戦に出場するのかと疑い、ザックスはそれを否定し、その詩は「自分が作ったものである」とは絶対言わないと約束してベックメッサーにくれてやる。難しい歌なので、歌合戦でうまく歌えないだろうとのザックスの謀。喜劇っぽい展開。さて感動したのはこの後の、ザックス、ヴァルター、エーファ、ダーヴィット、マグダレーネの五重唱。とくにザックスの心の内を覚りつつもヴァルターへの想いを吐露するエーファ=林正子のソプラノには、不覚にも涙が止まらなかった。このソプラノ歌手の実力を始めて知らされた次第。
 最後の場が、野外の広場。前日は教会内部の場であったが、キリスト教の祝祭には土俗の民間信仰が底流にある。野外こそ春から夏に向かうヨハネ祭の季節にふさわしいのだ。職人たち、娘たちが現われ歌と踊りで賑やかさを増す。祝宴だ。そこにマイスタージンガーたちが登場し、ザックスを讃える「目覚めよ」(実在のザックスの「ヴィッテンベルクの小夜啼鳥」の詩句から)を参加者全員で合唱してから、マイスタージンガーたちも審判席に坐る。トップバッターのベックメッサーは支離滅裂な歌となり失格。詩の真の作者のヴァルターが登場して歌えば、文句なく勝利者となる。
 ヴァルターはマイスタージンガーの称号を授与されるところだが、これを拒否。場を移して、ザックスは、「マイスターの仕事を思う心があれば╱神聖ローマ帝国は╱煙と消えようとも╱ドイツの神聖な藝術は╱いつまでも変わることなく残るであろう!」(山崎太郎訳)と歌って説得。いったん納得したかに見えたヴァルターは、マイスタージンガーに授与されるダビデ肖像画をエーファとともに破り捨て、恋の成就となって大団円を迎えた。ヘルツォークの新演出。ナショナリズム高揚と連結した藝術への拒否を示したのである。説得力のある幕切れであった。

【参考:上演プログラム】
山崎太郎「晴れやかな祭りのざわめきのなかで—『マイスタージンガー』における祝祭の諸相」
堀内修マイスタージンガーニュルンベルク
鶴間圭「ワーグナーの『マイスタージンガー』への旅」

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