洞窟について


 近所の方から、九州の旅土産のお裾分けということで、和菓子蹴洞(けほぎ)を2個頂戴した。福岡県八女市の隆勝堂フーズの銘菓だそうだ。コーヒーにも合うらしいので、午後のコーヒータイムにいただいた。ほどよい甘さで美味しかった。
 和菓子蹴洞(けほぎ)は、神話の時代に天馬が蹴ってできたと伝えられる、蹴洞(けほぎ)岩からとられた商品名のようである。八女市の地名は、「山中の女神」の八女津媛の名からきている。この八女津媛を祀った八女津媛神社は、八女市矢部村の神(かみ)ノ窟(いわや) 地区にある。八女津媛神社は、始まりは仏岩屋であったものが権現信仰によって神岩屋となり、明治以降神ノ窟となったとのことである。
 窟・岩窟は、洞窟(cave)よりも規模の小さな岩の穴を意味するらしい。(もっとも、「a wine cave」はワイン貯蔵庫の意味だ!)「go caving」などと大それた探検の経験はないが、山口県秋芳洞は別にして、昔探索した高知県の龍河洞は、長い距離の途中這って進んだり、たしか梯子を登ったり、闇のなかでのスリルを存分に味わった記憶がある。
 http://www.ryugadou.or.jp/(「龍河洞」)
 哲学史的には、プラトンの「洞窟の比喩」そして、ベーコンの「洞窟のイドラ」について蘊蓄を傾ける向きもあろうか。個人的には、イメージとして思い起こすのは、ワーグナーの『タンホイザー』第1幕第1場、ヴェーヌスベルクの洞窟の場面である。サテュロスバッカスの巫女たちが頽廃と狂乱の群舞を踊る。1983年日本公演ベルリン国立歌劇場の舞台は、この場面事前検閲によってか踊り手たちが、下着の上にシースルーの肌着を全身にまとって登場、官能と衝撃の舞台を期待したこちらとしてはいささか〈落胆〉したものである。ヴェーヌスの魔界は、徹底的に魔界らしくあってほしいものなのだ。