人工のモルフォチョウ・自然のモルフォチョウ

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 世界一美しい「モルフォ蝶」の色を人工的に再現(基礎研究最前線)
 モルフォチョウの色彩的美しさに関する物理学的解明は、(松井真二氏によって)すでになされているらしいが、この自然のメカニズムを人工的に再現して一つのアート作品として提示したのが、いまを時めく落合陽一さん。こちらは、議論の全体を辿る能力はもちあわせていないが、モルフォチョウの展示のところは面白い。
 テクノロジーと日本の古典美を接続する【メディアアーティスト 落合陽一】 | PLART STORY

「モルフォ蝶の青い羽の部分の干渉縞(干渉という光が重なり合うことにより生じる明暗の縞)は解像度が高いなと思うんです。しかし、モルフォ蝶のはく製を死んだ“蛋白”として考えると、動かせないんですよね。触れようとすると割れてしまう。僕が同じ形を創るとこんな感じだろうなと」
眺めていると、模型の方の蝶が羽ばたき出す。これによって、はく製の蝶の“死”と模型の蝶の“生”の対比が生まれるのだ。
はく製の土台に対する位置を決め、落合さんはそれを機材で再現し、シンプルなループする動きをプログラミングした。
「僕が蝶を見た時の動きの理解をそのままプログラムに落とさないとあの動きにならないんです。動きの速度を測ってしまうと『測った感』がでてくる。それは美しくないなと思ってプログラミングしました」
そのままの蝶を表現するために、蝶を見てそのまま感じたことを形にする。
自然の風景に近づけていくことで、より「本物」に近くなる。これを落合さんは「解像度が高くなる」と表現している。さらに、落合さんはその“解像度の高さ”に計算機自然を見出し、“侘び寂び”の「寂び」だと形容している。そして、技巧を凝らしてもなお自然に近づけない人工物のほころびに侘びを見る。

「計算機自然」という言葉のほうが、「デジタルネイチャー」より、落合陽一さんのそれこそ世界観を〈微妙に〉的確に示している印象である。
 『デジタルネイチャー』は、20年後も読み継がれる落合陽一の主著になる 宇野常寛さんインタビュー - 朝日新聞デジタル&M 

いまの若い世代が求めているのは、世の中の新しい流れに対して「批判的に受け入れる」という姿勢だと思います。古いタイプの人文社会科学のように、テクノフォビア(科学技術恐怖症)的に距離を取るわけでもなく、かといって、シリコンバレーコンプレックスから自己啓発的に新しい流れを「サプリメント」として受け入れもしない。

 時代と世代の代弁者であるような物言いの宇野常寛氏の言説はあまり好きではないが、この指摘にはなるほどと思わされた。
 【落合陽一】 「開成高校時代を語る」 ホリエモン&ひろゆきch - YouTube

 それはそれとして、わが所蔵のメネラウスモルフォチョウの標本をひさしぶりに取り出し、眺めて愉しんだ。防虫剤を交換しないと。個人的には、所蔵のアカエリトリバネアゲハの標本のほうが好みである。
 世界一美しい蝶「モルフォチョウ」が綺麗すぎる! - NAVER まとめ