「自然の私生児」としてのカーネーション

 
 シチリアボヘミアを舞台にした、シェイクスピアShakespeare)のロマンス劇『冬物語(The Winter's Tale)』(小田島雄志訳・白水uブックス)を読む。シチリアのいとやんごとなき身分(王族)に生まれた娘(パーディタ=Perdita)は、たとえ捨てられてボヘミアの卑しい身分の羊飼いの娘(the daughter of a lowly shepherd)として育てられても、気品漂い美しい、これこそが自然の掟である、という物語の前提がある。毛刈りの祭りで、パーディタは女王となるが、(人工の)女王とならずとも、シチリア王(Leontes)の王子亡き後アポロンの神託 “the king shall live without an heir if that which is lost be not found”に照らして、もともと(自然に)女王となるべき娘であったのだ。
 このパーディタのところへ、ボヘミア王ポリクシニーズ(Polixenes)が、忠実な老臣下を連れ、ともに変装した姿で訪問する。花をパーディタから贈られたポリクシニーズが、「私たち年寄りに冬の花とはまことに似つかわしい」と話しかけると、
PERDITA
Sir, the year growing ancient,
Not yet on summer's death, nor on the birth
Of trembling winter, the fairest
flowers o' the season
Are our carnations and streak'd gillyvors,
Which some call nature's bastards: of that kind
Our rustic garden's barren; and I care not
To get slips of them.
          (The Winter's Tale, Act 4. Scene 4.)
小田島雄志訳(前掲書p.126)では、
パーディタ
               今年もだいぶふけましたが、
まだ夏が去ったとは言えず、と言って身をふるわせる冬も
訪れてはいません。この季節のいちばん美しい花は、
不実の花カーネーションと、自然の私生児とも呼ばれる
縞石竹でしょうが、あのような花は私どもの庭には
咲いていませんし、私も一茎だってほしいとは
思ったことさえありません。
 カーネーションが「不実の花」で、縞石竹(しませきちく)が「自然の私生児」とされているが、ポリクシニーズに「あの花をさげすむのだな?」と問われて、「あの赤と白のまだら模様は、偉大な造化の自然に人工の手が加わってできたもの」故にと、パーディタが応じているところから、どちらの花も「自然の私生児」として排斥されたのではないか。カーネーションが「不実の花」とされるのは、こちらの低語学力ではわからない。下記解説サイトでも「Perdita points out that she doesn’t have any “gillyvors” (gillyflowers or, carnations), which she refers to as “nature’s bastards.”」としている。
 http://www.shmoop.com/winters-tale/act-4-scene-4-summary.html(『The Winter's Tale』)
 この「streak'd gillyvors」の「streak」(縞:縞をつける)は、「色彩の秩序を壊すこと」から中世以来差別・排斥の含意があったようで、「私生児」の語とも繋がるらしい。なお辞典的にはどうなのか、しかるべき人に調べてもらおう。花の場合は「絞り」の紋様というところだろう。
 http://aitech.ac.jp/lib/kiyou/41A/A03.pdf(「『冬物語』における自然・人工と錬金術 」)
 ロバート・ソーントンの『フローラの神殿』(リブロポート発行)の編著者である荒俣宏氏も、ピーター・ヘンダーソンカーネーションの絵に添えて、『本図に描かれたような雑色種は人工美の典型であり、自然な野草を愛する人びとの目には「奇形」に映ったようだ』とし、『冬物語』に科白「カーネーションのことを自然が作った雑種という人もいます(※だいぶ意訳しているな)」とあるのも、「その事情によるものだろう」と書いている。
 http://herbs-treatandtaste.blogspot.jp/2011/09/carnations-flower-of-poets-and-writers.html(「carnation」)
 カーネーションあるいは「パーディタの花目録」を離れて、『冬物語』を味わうのに、「innocence」と「brutality」との相克として捉える下記の論考は、素人には面白く勉強になった。
 http://www.niit.ac.jp/lib/contents/kiyo/genko/12/HP12/12_murakami.pdf(「村上世津子論文」)

冬物語 (白水Uブックス (35))

冬物語 (白水Uブックス (35))

⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町に咲く、ハゴロモジャスミン(羽衣ジャスミン)の花。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆