ユヴァル・ノア・ハラリ著『サピエンス全史(Sapiens)上巻』を読む(その1 )


 ベストセラー本は読まない、わが〈格率〉であるが、それほど厳格なものではない。帯の推薦文などまったく読んでいない。書店でたまたま眼にして、ユヴァル・ノア・ハラリ著『サピエンス全史(Sapiens)上巻』(柴田裕之訳・河出書房新社)は面白いと直感、購入した。最初から「見てきたような嘘」が、科学的知見に基づきつつ〈講釈〉されていて、読書の愉しさが味わえる。
 ホモ・サピエンス(現世人類)に先行する人類種として、ヨーロッパとアジア西部に住んでいたネアンデルタール人、アジアのもっと東側に住んでいたホモ・エレクトスなどがあり、ホモ・エレクトスは、200万年近く生き延びたとのこと。
……この記録は私たちの種にさえ破れそうにない。ホモ・サピエンスは今から1000年後にまだ生きているかどうかすら怪しいのだから、200万年も生き延びることなど望むべくもない。……( p.18 )
 このホモ・サピエンスが先行人類種を地球上から一掃してしまったのは、「サピエンスの認知的能力に起こった革命の産物」とほとんどの研究者が考えるが、その認知的能力とは、言語の柔軟な使い方にあるとの説では、それによって情報の共有が可能となるからだとする。いっぽう、その言語は、噂話のために発達したと考える説もあるそうである。生存と繁殖のカギを握る社会的な協力にとって、社会的関係についての情報が必要であり、そのための噂話が言語の発達を促したとする。現代でも噂話が休憩時の会話の中心であることを、歴史家や原子物理学者の日常の例で説明していて、愉快である。
 しかしホモ・サオイエンスの言語の特徴は、じつは違うところに求められるのだ。なるほど。
……おそらく、「噂話」説と「川の近くにライオンがいる」説の両方とも妥当なのだろう。とはいえ、私たちの言語が持つ真に比類ない特徴は、人間やライオンについての情報を伝達する能力ではない。むしろそれは、まったく存在しないものについての情報を伝達する能力だ。見たことも、触れたことも、匂いを嗅いだこともない、ありとあらゆる種類の存在について話す能力があるのは、私たちの知るかぎりではサピエンスだけだ。
 伝説や神話、神々、宗教は、認知革命に伴って初めて現れた。それまでも、「気をつけろ! ライオンだ!」と言える動物や人類種は多くいた。だがホモ・サピエンスは認知革命のおかげで、「ライオンはわが部族の守護霊だ」と言う能力を獲得した。虚構、すなわち架空の事物について語るこの能力こそが、サピエンスの言語の特徴として異彩を放っている。……( p.39 )

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福