ユヴァル・ノア・ハラリ著『サピエンス全史(Sapiens)上巻』を読む(その2 )


 ユヴァル・ノア・ハラリ著『サピエンス全史(Sapiens)上巻』ようやく読了。日常の人間観察がたしかで、それを素材に巧みな例えを用いるので、このイスラエル歴史学者の著作は知的刺激に満ちているのみならず、思わずニヤリとさせられるところがあって、読み物としてもじつに面白い。
 第1部「認知革命」から第2部「農業革命」、第3部「人類の統一」と展開するが、とくには第1部の第3章「狩猟採集民の豊かな暮らし」の後、第2部では、第5章「農耕がもたらした繁栄と悲劇」&第7章「書記体系の発明」、第3部では、第11章「グローバル化を進める帝国のビジョン」が、文明史の知見を深めさせてくれる。ただこの著作は、2011年(日本での翻訳出版は2016年)に刊行されたものなので、「二一世紀が進むにつれ、国民主義は急速に衰えている。しだいに多くの人が、特定の民族や国籍の人ではなく全人類が政治的権力の正当な源泉であると信じ、人権を擁護して全人類の利益を守ることが政治の指針であるべきだと考えるようになってきている」( p.255 )の指摘は、現代のポピュリズムと連結した排外主義・ナショナリズムの世界的高揚を予想していなかったようである。
 人類は250万年にわたって、植物を採集し、動物を狩って食料としてきたが、紀元前9500〜8500年ごろに、トルコ南東部とイラン西部とレヴァント地方の丘陵地帯で、農耕への移行が始まったのであった。化石化した骨格を調べると、古代の狩猟採集民は子孫の農耕民よりも、飢えたり栄養不良になったりすることが少なく、一般に背が高くて健康であったらしい。意外なことである。ここの記述にいちばん感心した。
……何が狩猟採集民を飢えや栄養不良から守ってくれていたかといえば、その秘密は食物の多様性にあった。農民は非常に限られた、バランスの悪い食事をする傾向にある。とくに近代以前は、農業に従事する人々が摂取するカロリーの大半は、小麦、ジャガイモあるいは稲といった単一の作物に由来し、それらは人間が必要とするビタミン、ミネラルなどの栄養素の一部を欠いている。従来、中国では典型的な農民は、朝食にもご飯、昼食にもご飯、夕飯にもご飯を食べた。毎日食事にありつける幸運な人であれば、翌日もやはりご飯が食べられることが見込めた。これとは対照的に、古代の狩猟採集民は、平素から何十種類もの食べ物を口にしていた。農民の古代の祖先である狩猟採集民は、朝食にはさまざまなベリーやキノコを食べ、昼食には果物やカタツムリ、カメを食べ、夕食にはウサギのステーキに野生のタマネギを添えて食べたかもしれない。翌日のメニューは、まったく違っていた可能性がある。このような多様性のおかげで、古代の狩猟採集民は必要な栄養素をすべて確実に摂取することができた。……( p.72 )
 農耕民がそれまでの狩猟採集民と比べて平和的であったとはいえないことを、実証的かつ論理的に解明していて、このことも新鮮な知見であった。
……狩猟採集民の生活集団が、自らより強力な集団に圧倒されたら、たいていよそへ移動できた。それは困難で危険ではあったが、実行可能だった。ところが、農村が強力な敵に脅かされた場合には、避難すれば畑も家も穀倉も明け渡すことになった。そのため、多くの場合、避難民は飢え死にした。したがって、農耕民はその場に踏みとどまり、あくまで戦いがちだった。……(p.110)