蜷川幸雄演出『トロイアの女たち』観劇


 
 昨日12/13(木)は、池袋の東京芸術劇場プレイハウスにて、蜷川幸雄演出のギリシアギリシャ)悲劇、エウリピデス作『トロイアの女たち』を観劇した。東京芸術劇場イスラエルのテルアビブ市立カメリ・シアターとの共同制作で、日本、ユダヤ、アラブの俳優がそれぞれの母語で台詞を語る(日本語字幕付き)という、かつての築地本願境内での『オイディプス王』の進化形的舞台である。トロイアの王妃ヘカベを白石加代子が演じている。昔鈴木忠志演出、大岡信潤色の『トロイアの女』では、白石加代子が老婆・ヘカベ・カサンドラの3役をこなしていたが、今回の舞台ではむろんヘカベ役のみ。相変わらずの地下からのような声で、王国の滅亡を告げ、ソフォクレス作『オイディプス』にも通じる、人生における幸福のはかなさと運命の残酷さを訴え続ける。時々台詞を「噛む」ことがあり、そろそろ後継者へのバトンタッチが必要であるまいかと思った。
 イスラエル演劇賞最優秀女優賞など受賞しているというオーラ・シュウール・セレクターのカサンドラは、動きが魅力的で出番短くもっと観ていたかった。コロスの女たちは、日本語の台詞の後、ヘブライ語アラビア語の同じ台詞をそれぞれ繰り返すという展開で、慣れてくると少々眠くなってきた。輪唱を聴いているような味わいもあることはあったが。
 ヘレネ役の和央ようかはスケール感があり、さすが宝塚男役トップだった存在感は十分だった。裏切ってしまった夫のメネラオス王の前で、深紅の衣をまとい時おり太股まで一瞬覗かせる姿態の妖艶さは感動的。しかし早口でみずからの立場を論理性をもって語らねばならない役どころとしては、慊(あきたりな)い。台詞の日本語が聴き取れないのだ。残念。伝令タルテュビオス役のマフムード・アブ・ジャズィは、複雑な内面を抱えた難しい武将の役をみごとに演じていて、この舞台に張りつめたものを漂わせていた。
 始まりは、ポセイドンとアテナ(シリ・ガドニ、美人女優!)が登場し、海の舞台装置であるが、これが歌舞伎の例の仕掛けで微笑ましかった。ヘクトルとアンドロマケの子アステュアナクスが、ギリシア軍の決定により城塞の塔から投げ殺されるくだりは、『一谷嫩(ふたば)軍記』の「熊谷陣屋」の段を思わせて泣かせる。なるほど文化の〈異種格闘技〉の舞台なのであった。
 疾走し続ける老人、蜷川幸雄の冒険に拍手したい。
 ※岩波『ギリシア悲劇全集』の第7巻だけなぜか見つからず、不満足なブログ記事となってしまった。



【参考】 
 http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20111106/1320588690(「つっぱり老人蜷川幸雄」)
 http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20101224/1293165294(「美しきものの伝説」)
 http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20110517/1305623843(『メディア』』
 http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20110714/1310638544(『路地裏の「血の婚礼」』)
 http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20120831/1346388214(『トロイラスとクレシダ』)
 http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20121119/1353313535(「晩秋の築地を歩く」)
⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家の 石蕗(ツワブキ)。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆