過去の選挙の分析

 2010年1/21に、わがHPに記載・紹介した記事は、観劇記に続けて過去の選挙についての専門家による統計学的な分析で、「昔の名前で出ています」の自民党圧勝が予想されている今回の衆議院議員選挙を展望するうえで大いに参考となる。学べる教訓として、議論において安易に「B層」などという〈主体〉を弄んだりしないほうがいいだろう、ということである。

……1/14(木)女性演出家渡邉和子の構成・演出・美術による、樋口一葉原作『やみ夜』を、東京両国シアターXにて観劇。不覚にも原作未読のため、観劇後河出文庫たけくらべ』収録の、藤沢周現代語訳「やみ夜」を読了。はめられて邸宅の池に入水自殺をした父親の無念を、その娘松川蘭に替わって、助けられた直次郎がはらすべく蘭のかつての許嫁衆議院議員波崎漂を襲うが失敗してしまう恋の「復讐劇」の小説を、蘭と佐助夫婦が謀って直次郎をテロリストに仕立て上げ失敗する筋立てにadaptationした舞台だ。
 佐助役がわが贔屓の塩野谷正幸で、舞台装置はあいかわらず意表をつく設え。「八重葎茂れる」松川邸は、大きな蜘蛛の巣であった。副題が「白波三人組」で暗示的。現代では、私的な憤激が「白波三人組」によって疑似公的な憤激として鍛え直され、そのターゲットに向わされてしまうといったところか。舞台上のリアリズムは排され、台詞の多くが原作の朗読であるのも、同演出の『犬婿入り』(多和田葉子原作)と共通している。
 憤激の対象を間違えないようにしたいものだ、との感想を抱かされた。
菅原琢東京大学先端科学技術センター特任准教授の『世論の曲解』(光文社新書)は、各種統計の精確な読解および信頼できるデータの提示・分析を通して、05年(衆議院解散総選挙)・07年(参議院選挙)・09年(衆議院総選挙)の結果と背景を時系列的に解明している。新聞社・テレビ発表の「世論」と「専門家」とされる評論家・学者などの説明が、統計学的手続きや読解(リテラシー)能力を欠いて、いかにももっともらしく流布してきたかを明らかにして、大いに勉強になる。むろんここでの議論は、政治過程論でのものであって、どの政党の主張が政策の選択として妥当であるかを示したものではない。したがってどの政治的立場であっても、本書の啓蒙的論述は参考となろうが、日本の最も重要な経済政策をめぐって適切な選択肢を提起する政治集団が誕生する可能性までは、論及していない。これは当然であり、むしろ新書としてすぐれている所以である。要点は以下の通り。
◯05年のいわゆる「郵政選挙」での小泉自民党の圧勝結果を、「B層(IQは低いが改革に惹かれた学生・主婦層など)」の投票行動によるものとする、「B層動員仮説」は成立しない。05年以前から潜在化していた、都市部の若年・中年住民の改革志向が、「郵政民営化」争点を契機とした判断から顕在化した結果であった。
◯07年参院選での自民党の大敗は、「逆小泉効果」などではなく、「野党が大勝」したためであった。安倍政権が、「古い自民党」を復活させたことにより、都市部の若い有権者の支持を失ったことが大きかった。さらに野党間協力と民主党知名度の高い候補者選びの結果、これまで自民党勝利を保証していた選挙の「バンドワゴン効果(勝ち馬に乗る傾向)がはたらかなくなったことも要因となっている。「朝日」・「読売」・「毎日」の全国紙は、いずれも小泉構造改革路線が、伝統的な自民党の支持基盤の離反を招いたためと論評していたが、まともに統計を読めば(計量分析)その事実はなかった。
◯ネットおよび若者の間での「麻生人気」なるものは幻であって、「産経新聞」などが大いに書き立てたが、その「世論」の内実はお粗末でまったく統計的根拠のないものであった。
福田内閣の支持率調査も、「朝日」「毎日」のように質問文を一貫させた場合と、「読売」「日経」のように質問文を変更してしまった場合では、回答結果が微妙に異なってくる。(「朝日新聞」は、性別・年齢別の回答がわかる世論調査結果を毎月、別メディアで公表しているそうだ。)
◯ネット上を中心にした若者の右傾化現象が『AERA』誌上ほか大げさに指摘されているが、これも根拠はなく、ネット情報のみに過度に依存して若者の政治意識が形成されている事実もなく、「右傾化」といえる材料もない。「マス・メディアが、あるいは現実の政治がまず向き合うべきは、コピペ従事者の個人的な意見ではなく、国民全体の世論である。」
◯09年衆議院選挙においては、07年の野党間協力の効果を継承しながら、さらに農村部で自民党古参政治家が享受していた「バンドワゴン効果」が消え、逆に民主党候補に移ってしまったことが、民主党大勝利の結果をもたらした。
 なるほど、怪しげなコメンテーターが跋扈する現代メディアこそ、「白波三人組」なんだと了解する。……
⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家の 山茶花。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆