ハロルド・ピンター(1)

 明日7/3(火)東京新国立劇場・小劇場にて、喜志哲雄翻案、深津篤史演出、ハロルド・ピンター(Harold Pinter)作『温室(The Hothouse)』を観る予定なので、かつてHP掲載の『ホームカミング(THE HOMECOMING)』観劇記を再録しておきたい。


◆4/22(木)夜は、演劇集団・円公演、ハロルド・ピンター作『ホームカミング(THE HOMECOMING)』(小田島雄志訳「帰郷」より)を観劇した.劇場の「ステージ円」のある田原町センタービルは、わが実家から徒歩数分のところにある.はじめて入館するのが不思議なほどである.帰郷の観客である.
 ノーベル賞作家ハロルド・ピンターの作品は、舞台では、『背信』(劇団俳優座公演)、『BETRAYAL(背信)』(ロンドン・シェイクスピア・グループ公演)、そして映画(脚本)では、『召使(The SERVANT)』、『できごと(ACCIDENT)』、『フランス軍中尉の女(The French Lieutenant's Woman)』を観ていて、いずれも面白く鑑賞した記憶があるので、この作者との相性がいいのかもしれない.不条理作家として評価されてきたようで、わが手持ちの白水社版『現代世界演劇全17卷・別巻1』でも、ジャンル別不条理演劇の卷に収録(『管理人』)されている。しかし、不条理性も条理性も判別しがたく渾然となった現代、ことさら不条理劇とのレッテルは不要であろう。
 獣の吠え声が聞こえるなか芝居が始まり、ロンドンのかつて肉屋だったユダヤ系の年老いた男と、労働者(じつは売春斡旋業)の次男、同居の男の弟で会社お抱えの運転手(chauffeur)、ボクサー志望の三男、の4人が順に登場し、まるでサル山のサルのようにボス的権威をめぐって小さな衝突を繰り返す.
 深夜そこに、アメリカにわたっていまは哲学教授の地位にある長男が、妻を伴って帰宅.挑発的で退廃的な肢体をもつこの妻の色情的な娼婦(nymphomania)性が暴かれて、ついに彼女は、娼婦として一定時間働いて、その金銭の一部を部屋代として収めるという契約で、旦那だけアメリカに戻り、この家に(ボス的権威の象徴である真ん中の椅子に坐って)一人残ることになる。
 老いた男は、脳卒中で倒れ終演。出来のいい長男は、じつは老人の友人と妻との不倫の子らしい.いやはやメチャクチャな展開で、その舞台装置からしても、周りは崩れていて、この家庭がすでに廃墟であることを暗示している.ユダヤ系のイギリス下層階級の家庭のことであるが、現代的に感じてしまう.
 演出・脚色(大橋也寸)の特色(目玉)として、大阪弁の台詞を言わせている。昔アルフレッド・ジャリの『ユビュ王』の初演の舞台で大阪弁で通したこともあり、必ずしも先駆的演出とはいえないが、ユダヤ系の登場人物と俗語多様の原作で、「この劇作品の理解は言葉の面だけとっても容易ならざることがわかる」(竹前文夫氏論文『ハロルド・ピンター「帰郷」について』)のであるから、評価できる試みで、成功していた.ただ沈黙の重みや、シェイクスピア劇の「oxymoron(オクシモロン)=矛盾撞着語法」の味わいは感じられず、また女優は美しくても、男を骨抜きにするような肉感的な魅力は感じられなかった.(2010年4/24記)
⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家に飛んできたアゲハとオステオスペルマム(=African Daisy)の花。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆