スズメバチの季節

 庭の2本ある伽羅木(キャラボク)の枝葉があちこち伸びてきたので、昨日と今日の朝、剪定作業を行った。庭師さんのようなきれいな刈り込みは無理で、昔の下手な床屋さんのバリカン刈りといったところか。作業中アシナガバチとおぼしきハチが飛び回って〈威嚇〉するので、ビビる瞬間もある。アシナガバチは、こちらから攻撃でもしない限り襲ってくるハチではない。これからの季節怖いのは、むろんスズメバチである。幸い巣を作らせていないので安心であるが、散策には注意が必要である。
 かつて(2003年)いまは閉館した芝居小屋江東区森下の「ベニサン・ピット」で観た『スズメバチ』(原題は「hornet」ではなく、「extremities」)を思い出す。その折の観劇記を再録し、スズメバチに刺されないよう備えたい。

◆10/17(金)夜「tpt」の公演『スズメバチ』を江東区のベニサンピットで観劇。原作はアメリカのウイリアム・マストロシモーン(William Mastrosimone)、演出は松本きょうじ。マージョリーという一人の女(中川安奈)が赤いバスローブ姿で部屋に居るところから舞台は始まり、鉢を外の庭に出した途端にスズメバチに刺されてしまう。この〈刺す〉という行為が劇全体の主題を暗示している。
 突然男が侵入してきて、マージョリーを力で押さえ付け、口から絶対出したくないような言葉をそれも感情を込めて言えなどとつぎつぎに要求する。彼女は観念したふりをして、スズメバチを殺したスプレーを男に浴びせ、彼を縛り上げ、暖炉に監禁してしまう。立場が逆転する。警察を呼んでも、レイプ未遂の立証は困難であり、裁判でいろいろ調べられた上に勝てる見込みもない。マージョリーが彼を殺そうと決意したところに、同居人のテリー(伊沢希旨子)が帰って来た。彼女に事情を説明し、男を庭に穴を掘って埋めるのを手伝うように頼むが、驚いたテリーは拒否する。暖炉の男は、マージョリーには、ニューヨークにいるテリーの恋人から手紙が届いていることを教え、二人の関係の撹乱を狙う。男は、郵便受けから手紙を盗んだり、予めこの家の住人の状況を調べていたのだ。テリーは少し動揺し、マージョリーに猜疑心を抱き始めてしまう。
 さらにパトリシア(富沢亜古)が帰ってくる。彼女は、一応冷静にレイプ未遂の立件の可能性を探るが、だんだん縛られ、顔の皮膚も爛れている男に同情をもち始め、テリーに薬を買いに行かせる。彼女が戻って、暖炉の外で薬をつけられた男は、転がされたままついに自分がいままわりで騒がれているレイプ魔であることを告げる。やっと二人は、マージョリーの苦境を知り、警察に連絡に出て行く。これが起こった出来事である。
 マージョリーは、身を守る以上の暴力を男にふるってしまう。被害者と加害者の立場が逆転してしまうのだ。彼女の心のなかに潜在していた暴力性なのか。しかしレイプの暴力性は男性には測り知れないものがあろう。また人と人との信頼という問題もあるだろう。マージョリーはテリーの恋人からの手紙には返事はいっさい出していなかった。テリーが心配するのを気づかってのことだった。でも、日常かろうじて保たれているはずの信頼さえ、ある状況の出現で簡単に崩れてしまうかもしれないのだ。非常に緊張感のある舞台であった。この作品のニューヨーク公演では、あまりの暴力のリアルで激しい表現のため、トイレに駆け込み嘔吐する人や失神する人が出たそうである。

(写真は中川安奈さん。同公演パンフレットから。)
 「日本経済新聞」10/16号紙上の劇評では、「深刻きわまりない問題作だが、サスペンスとしてもすぐれた舞台となった」と評価し、中川安奈は彼女の「代表作ともいうべき演技を見せた」としている。同感である。(2003年10/19記)
 http://www.youtube.com/watch?v=BcjQM1jxhr4