木内みどりさん追悼:越川道夫監督『夕陽のあと』鑑賞

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 昨日11/26(火)午後、新宿シネマカリテにて、越川道夫監督、貫地谷しほり山田真歩W主演の『夕陽のあと』を鑑賞して来た。この監督の作品では、映画館ではないがPCで『二十六夜待ち』を観ている。市井に生きる人間の哀しみとささやかな歓びを丁寧に掬いとっている印象であった。

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 出かける前にわが家の前の道路に、北風に煽られて多くの枯葉が落ちていた。帰ったら掃除をしないと、と思ってさて映画を観ていると、かって東京で生活苦から産んだ赤ん坊を遺棄し、いま成長したその子が養父母(永井大山田真歩)と暮らす鹿児島県長島の食堂で働く茜(貫地谷しほり)が、食堂前の植え込みに咲いている山茶花の落ち葉を掃き集めている場面に出っくわした。驚いた。

 映画はプログラムの講釈の通りであるが、女優貫地谷しほりの魅力と演技力全開の展開であった。シチュエーションごとの表情の微妙な違いをみごとに演じている。感嘆し、ともに涙してしまうこともあった。巧い! ある場面で、カメラが茜の胸のあたりを大写しするが、これは伏線で、自殺未遂から救われ乳児遺棄で起訴・執行猶予判決の後更生の作業をしていると、自然と授乳するはずの乳が漏れ出してしまう茜の回想場面につながっているのだ。作業場から慌ててトイレに駆け込み鏡の前に立つと、白い下着に母乳が沁み出していた。滲み出た乳首に母性の豊かさと、女のエロスが突然のように出現し興奮させられる。貫地谷しほりは、あるインタビューで「これからは恥ずかしいが色っぽい役も演じてみたい。オファーを待ってます」と語っている。もともと豊満なバストとわかる女優、大いに期待したい。

 監督は『海辺の生と死』の越川道夫。現実社会でも後を絶たないDVや乳児遺棄、いまだに表立って議論されることが少ない不妊治療や養子縁組制度などの問題に正面から挑みながら、登場人物たちの心の機微をすくいとる演出によって、すべての世代・性別・立場の観客にあたたかな感動をもたらす普遍的な人間ドラマを作り上げた。

 題名の「夕陽のあと」は、五月(山田真歩)の「夕陽のあとの海は、凪になってそれがいちばん暖かいんだよ」との台詞が元になっている。「母性という神話」じたいが神話化されるとき、フェミニズムは絶対正義を掲げるイデオロギーと化す。この作品では、生みの母、育ての母ともに胸に秘めている「母性」の真実を認め、互いが相手のつらさと希望を知ることを通しての和解を訴えている。共感できる。そして茜は島を出て大阪で働くことに決めるが、もし成長した子供=豊和(とわ)が島を出たいとした際には、五月は引き止めず「茜が生みの親であること」を告げて大阪に送る、と約束するのであった。

 ただ気になるのは、海でブリその他の魚が大量に獲れるこの島は、風力発電の自然再生エネルギーを最大限利用しているらしく風車が回っている風景が何回も映されているが、島=自然=善に対して、都会(東京)=人工=悪とする図式主義にはまり兼ねないことである。島(田舎)には島(田舎)の悪があり、都会(東京)には都会(東京)の善があるはずである。豊和の祖母にあたるミエ(木内みどり)が、「去る者は追わず、来る者は拒まず、戻る者も拒まず、それでいいんじゃ」と言った言葉が重い。最終的に豊和自身に人生を選ばせる、彼にとっての幸福をたいせつにする、そのことがいちばんの「母性」愛であることに二人とも思い至ったのである。島を離れる茜が、孤独ではあるが、ある爽やかさをもってバスの車窓から海を眺めるラストシーンは感動的。貫地谷しほりのつくる表情の陰影にシビれた133分であった。

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木内みどりさん追悼】

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 是枝裕和監督、江角マキコ主演の『幻の光』は渋谷の映画館で、昔観ているが、この女優の印象は名前とともに残っていなかった。ある時夫が、元西武百貨店社長の水野誠一氏であると知り、その名に注目した次第。水野誠一氏は学年は違うが高校の同窓なので、ある親近感をもって活躍に注目していた。

 その演技が高い評価を受けたという、TPT製作、ルネ・ボレシュ作・演出『皆に伝えよ!ソイレント・グリーンは人肉だと』の舞台は、江東区のベニサンピット(ブログ背景写真)で観ている。共演した中川安奈さんもすでに亡くなっている。この時の観劇の隣の席は、何と篠井英介さんであった。舞台そのものよりそちらのことをよく記憶している。木内みどりさんは、晩年脱原発の政治活動に熱心であったとの報道であるが、(役者として)そんなつまらない活動は仕事として残らないであろう。ともあれ『夕陽のあと』の味のある演技に敬意を表し、ご冥福を祈りたい。

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