秩父の美術館

 この季節になると、TVの旅番組などで埼玉県の秩父のことがよく紹介されている感じである。オニヤンマ・ミヤマクワガタ・ナナフシ・オオムラサキなどがあちこちで棲息していた、わが追憶の風景のなかにあって、番組ではもはや映像として出てこない施設が一つある。
 秩父の「加藤近代美術館」である。秩父銘仙の問屋であった建物を転用した私設美術館で、内外の有名画家の収蔵作品群中、当時のオーナーがアメリカに買い付けに行って収集した、アンドリュー・ワイエスの絵画が際立っていた。「ビューティー・マーク(金髪・上半身裸婦)」以下6点あったらしい。「らしい」というのは、2001年にこの美術館は閉館していて、いま確かめられないのである。小説でいえば、庄野潤三の世界であろうか。ことさらドラマティックではないが、静かな感動を呼び起こす魅力がある。原画は未見だが、ポリオの病を抱えたオルソン家の娘を描いた「クリスティーナの世界」はとくに感動的な作品で印象深い。
 ペンシルヴェニア州のチャッズ・フォードと、メイン州の二つの場所のみを描き続けたアンドリュー・ワイエスは、2009年に亡くなっている。「Bunkamuraザ・ミュージアム学芸員 宮澤政男氏によれば、
『どちらもこれといった特徴のない、平凡な田舎なのだが、この国の殆んどの土地がそうであるような「何もない素晴らしさ」を、日常の一こまを、見過ごしがちな部屋の一角を、肯定的にあるがままに描いたのだ。それら心にしみる物静かな情景は、かつて開拓民であったアメリカ人の心を捉えた。』
  生来の出不精のため美術館にまめに出向くことはないが、訪れた美術館には、たまたまそのとき出会ったそれぞれ特定の画家・造形作家のイメージが刻印されてしまっている。おそらく多くの人も同じであろう。でたらめに思い起しても、パリの「ロダン美術館」(庭と作品)、フィレンツェの「サン・マルコ美術館」(フラ・アンジェリコ「受胎告知」)、同「ウフィッツィ美術館」(ボッティチェルリヴィーナスの誕生」)、ロンドンの「テート・ブリテン(旧「テート・ギャラリー」)」(ターナー)、群馬県伊香保「ハラ ミュージアム アーク」(草間彌生)、東京目黒「東京庭園美術館」(ロバート・メイプルソープ)、千葉県習志野「アンリ・ミショー美術館(現在は「谷津現代美術館」:アンリ・ミショー)、千葉県「佐倉市美術館」(ポール・デルボー)、千葉県佐倉「川村記念美術館」(モネ)、岡山県倉敷「大原美術館」(セガンティーニ)、甲府山梨県立美術館」(深沢幸雄)、仙台「宮城県立美術館」(佐藤忠良)など…。
  http://www.yatsugawa-kan.co.jp/(奥秩父「谷津川館」:推奨の宿)
⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家の、上イソトマ、下ハイビスカス。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆