尊敬と悪罵




 執筆中の小説の必要から、遅まきながらロン・パワード監督『ビューティフル・マインド』のDVDを鑑賞した.ノーベル経済学賞を受賞したジョン・ナッシュラッセル・クロウ)を主人公に、その愛妻アリシアジェニファー・コネリー)との苦闘の軌跡を描いた映画で、周知のように2001年度アカデミー賞主要4部門受賞の作品.現代経済学ほかの重要な理論となっているらしい「ナッシュ均衡」理論でノーベル賞を受賞するまで、ナッシュは幻覚に悩まされる統合失調症で苦悶し、一時は廃人同様となる.妻アリシアのときには狂暴にもなる献身的な愛と、若きころ学者としての出世を争った友人らの友情に支えられ、なんとか立ち直り、ついには、テーブルに坐った彼の前に次々にペンが置かれるまでになる。これはかつて彼が夢見た、偉大な学問的業績をあげた人物に示される儀式的行為であった.美しく感動的場面であった.

 さてフリーライターの桧山珠美氏が、「東京新聞」4/27紙上の「言いたい放談」で、4月からのある新作ドラマ(観ていない)についてのツイッターを眺めると、「ツッコミばかりで肯定的なつぶやきは、ほとんどないことには辟易だ」とし、「確かにツッコミどころ満載のドラマではあるが、そんなドラマにだって、一つや二つ心に残るせりふや印象的なシーンがあるはず。じっくり見れば予想外の感動に出合えるかもしれないのに、瞬時にダメと判断する空気が怖い」と感想を述べている.
 今週の「週刊ポスト」5/7.14号では、このツイッターについて特集している.WEBプランナーの中川淳一郎氏は、ネット住人には孫正義氏のような「頭のよい人」もいるが、圧倒的多数は「普通の人」か「バカ」で、ネット言説の大半が「バカと暇人」による「集合痴」だそうだ。けっきょくは、「孫さんのツイッター礼賛が、ソフトバンクの一販促戦略に過ぎないと」とわかれば、ネット世界も態度を一変させるはずだとしている。
 ITコンサルタント宮脇睦氏は、マスコミをマスゴミと断じる「ソーシャルメディア」世界は、アマチュア崇拝が支配し、「ネガティブなデマや感情的な非難こそが広がりやすい」とみる。ものごとを単純な二項対立で捉え、現代版の「井戸端会議」を形成しているだけで、ツイッターエバンジュリスト(伝道者)たちは、その啓蒙によって「本を売ったり、セミナーや講演で儲けたり、企業コンサルでしっかりお金を稼いでいます」ということだ。おいおいズルいぜよ。
 精神科医斎藤環氏は、ゆるくて間接的な人間関係が形成かつ期待されていて、そこでは、「自己愛的空間」が構成され、「反対や悪口を吐く〈異物〉は徹底的に排除される」としている。そのコミュニケーションを「毛づくろいコミュニケーション」と氏は呼ぶが、これはロビン・ダンバー(Robin Dunbar)のことばだ(この著書古書価格高く未読)。
 そのうち飽きられて沈静化するだろう.所詮は一過性の社会現象ではないか.眠いぜよ、なう。

⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家の満天星(ドウダンツツジ)。小川匡夫氏(全日写連)撮影.⦆