すてきなカット集

 拙著の装丁で原画を描いていただいている画家の高橋甲子男氏が、カット集を龍書房から上梓した.同社の月刊文芸誌『雲』に掲載されたものをまとめた画集である.ほどよい抽象と具象のバランスで、日常見なれたものたちが、新鮮な魅力を放っている。ネットの素材集などでは見られない手触りを楽しむことができる。PCの傍らに置いて時おり撫でてみたいものである.なお、昨年高橋画伯が試みた銅版画の個展についてのmixiの記述(4月13日記)を再録しておきたい.
「10日(金)は、ひさしぶりに東京銀座に赴き、「シロタ画廊」にて個展鑑賞を楽しんだ。抽象油彩画家高橋甲子男画伯初めての銅版画(エッチング)作品展だ。こちらは、わが年長の畏友として長くその画業を見つづけ、その作品の自他ともに認める収集家でもあり、あらたな試みに期待するものがあった。
 今回は、『玄山水十図』と題し、森と動物・鳥たちの具象と、観念化された滝の造形の融合で構成された、画伯独自の山水画であった。これまでの画伯の油彩画に見られる、「緑と赤を基調にした色彩の差異が生み出すドラマ」(羽石整史氏・91年同画伯展パンフレット・中)はなく、彫られた直線と曲線がつくる黒と白の濃淡のみで作品世界が成立している。
 この山水画には、龍は出てこない代わりに、作品によっては動物園でふつうに見られる獣たちがたくさん描かれている。いのちの叫びというよりは、どこか哀しげでユーモラスですらある。かつて美術評論家のヨシダ・ヨシエ氏は、現代物理学の捉える宇宙・地球・ミクロ世界においては、「抽象的な結晶格子や細密構造にはあたらしい具象性があるわけだ。具象と抽象の構造上の区別はますます不明瞭になってきたともいえる」(『手探る・宇宙・美術家たち』樹芸書房)と述べて、高橋甲子男作品の想像世界と重なると指摘しているが、ここでは、具象は具象として不思議な魅力を放っている。『玄山水十図』外の、「三日月と梟」の作品を購入した。あとで送られてくるのが待ち遠しい。
 画伯の師が銅版画の深沢幸雄氏であるから、今回の銅版画技法の試みは必然ともいえようが、これで最初にして最後の実験だそうである。再び油彩に帰り、美術評論家針生一郎氏が高橋画伯について述べた、「抽象と具体、無限空間と明確な構築との統一」(『高橋甲子男作品集』序文・右)という終生の課題を追求してもらいたいものだ。 」