前進座公演、鶴屋南北作『杜若艶色紫(かきつばたいろもえどぞめ)』(国立劇場)観劇

   5/18(水)国立劇場大劇場にて、前進座五世河原崎国太郎33回忌追善公演、鶴屋南北作、小池章太郎改訂、中橋耕史補綴・演出『杜若艶色紫(かきつばたいろもえどぞめ)・お六と顔哲』を観劇した。

   長くはない芝居ながら、善悪・正邪入り乱れていて、登場人物の関係性をすぐには把握しがたい。土手のお六(河原崎國太郎)と願哲(藤川矢之輔)は悪党仲間であるが、花魁八つ橋(河原崎國太郎・二役)に横恋慕する釣鐘弥左衛門(益城孝次郎)のために、恋人で八つ橋を身請けするはずの佐野次郎左衛門(嵐芳三郎)を陥し入れ、また八つ橋も騙して二人の仲を引き裂き、弥左衛門の企みを成就させる。次郎左衛門は裏切られたと早合点し、寝所に忍び込んで八つ橋を斬り殺してしまう。お六は、ふとしたことから八つ橋が生き別れた実の妹だったことを知り、せめてもの詫びに顔哲の企みを潰そうとする……、という展開。最後はお六も、顔哲も、佐野次郎左衛門も役人に追い詰められての大立ち回り。(低価格入場料金の)前進座の芝居でどうかと思えば杞憂、杜若の図柄満載の華麗な舞台装置で、歌舞伎の醍醐味を満喫できた。
 何と言っても、河原崎國太郎の演技力と存在感があって、役としての土手のお六の魅力も加わり、南北劇を愉しめた。この土手のお六について、上演筋書に「土手のお六〜綽名で呼ばれた女たち」と題して、南北研究の泰斗古井戸秀夫東京大学名誉教授が寄稿している。
 鶴屋南北は土手のお六の前に「騙りに入って強請る女のドラマ」を二つ書いていて、一つが、元は乳母日傘で育てられながら、酒と博奕と男でしくじり、ついには二の腕に釣鐘の刺青を入れた私娼窟の女亭主となった音羽婆アの話。さて松浦静山の『甲子夜話』には、蟹の刺青を入れた二人の女の話がある、と。

……ひとりは湯島の鳶の寡婦で「よし」という名の女で、刀を抜いて暴れる狂人の前に飛び出し、丸裸になって尻の刺青を見せ、刀を奪い取った、義侠の女であった。もうひとりの「加久」の蟹も尻にあって、女陰を開こうとしている。この加久は質屋に強請りに入って陰門をさらした。普段から褌ひとつで大道を闊歩、立ち小便をして歩く、あばずれであった。後者のあばずれが音羽婆アに重なり、前者の義侠の女が土手のお六になったのである。