『置文』第41号発刊


 イタリアのマルクス主義思想家アントニオ・グラムシの思想に影響を受けた、かつての新左翼構造改革派の〈残党〉を中心に集う人らの『置文』第41号(フェニックス社)が発刊され、恵贈にあずかった。さっそく中川三郎氏の口述生活史風の創作「寒天のお話―母のオーラルヒストリー」を読む。中川三郎氏は、すでに『三田文学』などに作品を発表している実力派である。
「寒天食べたら、あかん、お父ちゃん、よう言うてたやろ。ものすごう、バイキンふやしよる。そのせいで、私(うち)らの家であんみつやところてん食べたことあらへん」との母の録音の声が冒頭に置かれ、戦時中と戦後の夫をめぐる母の述懐が語られる展開。医療と工業技術を併せもった夫(作者の父)がある日を境に家族の前から消えてしまった。東京の軍秘密基地での「近代医学と機械工学とのハイブリッド」に基づく研究と開発を経て、大陸のハルピンに行ってしまったことを知ったのは、戦争が終わって夫が「狂人のようになって、帰ってきた」後々のこと、731部隊に触れていたテレビ番組でであった。寒天は、ペスト菌コレラ菌を植えつけるための培養基として利用されたらしい。補注として、「本稿は母の録音源を基にして、私の創作的要素と文献資料により成りたっております」とあるが、証言の意味するところは重く、創作か(社会学的な)口述生活史なのか明確にしておくべきであろう。なお「満州」との表記は、戦前世代の語りであるならば「満洲」。
 731部隊の真実 ~エリート医学者と人体実験~ | NスペPlus
 巻末の「読者の疑問に答える」で、桜井英明氏がシリア情勢について論じ、

 第一次世界大戦以前のアラウィ派は、抑圧され差別された存在であったが故に、支配する位置に転換した場合は、報復の論理に基づいて苛酷な支配を貫徹した。このアラウィ派の支配に抗して、スンニ派さらに民主派、リベラル派が闘いを挑んでいる。
 アラウィ派のアサド政権が敗北すれば、アラウィ派の政権幹部はすべて処刑されるであろう。この前提があるが故に、自国民―シリア人に対して非道なる攻撃を加えて、アサド政権の延命を策している。
 前途は、絶望しかないのかも知れない。(pp.43〜44)

「反米」「反アベ」から、アサド大統領を〈善玉〉視してしまう昨今の一部バカ左翼とは、さすがに違う見識である。