「いずれ秋がきて、夏はひそかに去る」(『新・オスマン帝国外伝』)

 

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『新・オスマン帝国外伝』シーズン1全84話昨日観終えた。今日84話のみもう一度観て、細部をたしかめた。最終話、先帝妃ハリメとその娘ディルルバ、そして夫のダヴドら(キョセム皇妃の養子の長男)オスマン皇帝の玉座を奪った反逆の一派をすべて処刑し、幼い皇子ムラトの摂政として統治することにしたキョセム皇妃(アフメトの寵妃から正皇妃となった)が、集まった軍団を前にしてバルコニーで息子ムラトともに挨拶に出る直前の装いで、大きな指輪を嵌める場面があった。この指輪こそ、オスマン帝国後宮の支配権を象徴し、(スレイマン皇帝時代の)ヒュッレム皇妃→(セリム皇帝時代の)ヌールバーヌー皇妃へと継承され(『オスマン帝国外伝』)、そして太皇太后サフィエが嵌めていた指輪であった。このサフィエからキョセムに指輪が渡されるエピソードの79話「後宮に帰ったサフィエ妃」は、このトルコ大河ドラマのなかでじつに味わい深い回であった。
 キョセムの実の父そして妹らを死に至らしめてまで、後宮の支配権と玉座をめぐってキョセムと争ってきた太皇太后サフィエは、3歳の時に皇子虐殺の難を逃れさせるため異国に地に養子に出した実子が小姓頭イスケンデルとわかり、再び玉座を狙って暗躍するが、帝国内部の混乱と皇子たちの虐殺を恐れたキョセムの深謀によってイスケンデルは殺される。太皇太后サフィエは、泣き叫ぶイスケンデルの姉の皇女ヒュマーシャーに「終わったのよ」と言った。宮殿に戻り、かつて君臨した後宮母后の間でキョセムを招いた。キョセムの側近たちは謀かと怖れたが、キョセムはひとりで部屋に入った。サフィエは、かつての栄華を思い浮かべつつ(毒を入れた)コーヒーを口にし、後宮で生き延びることの困難を語り、大きな指輪を取り出した。「キョセム、あなたがこれを」と言って、息を引き取った。大いなる悪女サフィエは、好敵手キョセムをリスペクトしていたのだ。互いに肉親を殺しあった二人。慈善活動に励むキョセム、それを「人気取りだわ」と〈シニカル理性〉で一蹴したサフィエ。相互補完的なところもあったのか、サフィエが亡くなってしばらく落ち込んでいたキョセムに、小さな悪女先帝妃ハリメは「そこまでサフィエさまの死を悼むとは?」とからかい気味に声をかけた。この指輪が、スレイマンスルタンの皇妃ヒュッレムが嵌めていたものである。大悪女サフィエはみずからの死後の後宮の支配を、悪の同盟関係にあったハリメにではなく、謀と知力の限りで闘ったキョセムに託したのであった。 
 母も弟も夫も喪った皇女ヒュマーシャーは、トプカプ宮殿のあるイスタンブールを去ることになるが、母サフィエ付き宦官ビュルビュルに「お前も一緒にどう?」と誘うが、ビュルビュルは「自分は残ります」と。皇女は「キョセムのところね」と微笑して応じる。ビュルビュルは黙って申し訳なさそうに頷く。ビュルビュルは今まで闘ってきた相手のところに、などと声に出しては言えない。ヒュマーシャーは見抜いていたのだ。キョセム皇妃に敗北した太皇太后サフィエがひそかに自殺を決意し、宦官ビュルビュルに「お前はもう自由民よ、解放してあげる。自由に生きなさい」と告げていたが、彼がじつは主の最大のライバルだったキョセム妃を敬愛していたことを。組織の末端で誠実に地道にしかも〈プロの仕事〉をやってのける人物を、〈悪玉〉サフィエも〈善玉〉キョセムもきちんと評価してくれる主であることを知っていたからだ。なお、アフメト暗殺・新皇帝擁立の反乱の失敗でサフィエが「乙女の塔」という鎖で繋がれたまま収容の監獄に一時送られたが、サフィエの腹心ビュルビュルはキョセム妃の決定で処刑されず降格処分で済んでいる。監獄にいてもあらゆる情報に通じていて、推理力のあるサフィエが、キョセム処刑命令に反して牢から脱出させたのがビュルビュルであったことに気づかぬはずはない。知っていて、復帰して後にもビュルビュルを雇っていたのだ。命を救ってくれたビュルビュルの名をサフィエに教えなかったキョセム、知っていて黙ってまた側に置いたサフィエ、立場と性格こそ違え、人間としての器の大きさを示している。
 果たせるかな、キョセム皇妃付き宦官となったビュルビュルは、ハリメ・ディルルバ一派によって山中に幽閉され全員焼却死を遂げそうなところ、間一髪でキョセムの皇子4人を救出するのだった。皇子全員殺されたと思って号泣したキョセムが、山中で出会ったビュルビュルから「生存しています。街中の安全な場所に連れて行って隠してます」と言われたとき、喜びのあまりビュルビュルを抱き寄せたことには感動した。
 いずれスルタン(皇帝)になる幼いムラトは「これからいろいろな困難に遭遇するでしょうが、いつもそばに母がいることを忘れないように」と摂政キョセム母后から励まされるが、複雑な表情を示していて、独立心旺盛で勇気あるこの皇子と母后キョセムは将来対立するのではと〈危惧〉するが、予想通り、シーズン2では晩年のキョセムとムラトスルタンの統治権をめぐる対立が一つの軸になるとのこと。キョセム役を演じるのが、ベレン・サートではなく、ヌルギュル・イェシルチャイというトルコで最も有名な女優・モデルだそうである。ベレン・サートの大ファンになったので、寂しい。観るとしても先になるだろう。キョセムベレン・サートのイメージを壊したくない。
 なお太皇太后サフィエの弔いの場面でも、オスマン皇帝が暗殺されたイスタンブール・イェディクレ監獄内での場面でも、ゆっくりとした独特の旋律で人生の無常が歌われるが、その一節に「いずれ秋がきて、夏はひそかに去る」とあった。不覚にも涙が出た。
✼シーズン2のキョセムは女優も変更、キャラ変でイメージも太皇太后サフィエのようになるようで、最期は、史実に基づき皇帝妃の放った刺客によって絞殺されて終わる。暗いエンディングの大河ドラマは、源義経明智光秀の生涯と同じであまり観たくない。結論として今後Huluで配信されても観ないことに決めた次第。しかもシーズン1がイスラム保守派から猛批判を浴び、現政権の、保守派と連携してオスマン帝国の栄華を讃える路線もあり、制作側もこれに応えて力強くマッチョな皇帝ムラトを強調し、帝国の歴史上の負け戦は扱わないというドラマに仕立てたようだ。とにかくベレン・サートさまのキョセム皇妃の勝利の歓喜までで十分だ。

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