G経済圏とL経済圏

 冨山和彦『なぜローカル経済から日本は甦るのか』(PHP新書)は、世界経済と日本経済にはグローバル経済圏(G)とローカル経済圏(L)と二つの経済活動領域が存在し、この二つの領域は、直接の連関性は希薄であるが、相互補完的で交錯しているとの認識を基底にして、日本経済の将来に向けた有効な処方箋を提示しようとしている。冨山和彦氏は、経営共創基盤(IGPI)代表取締役CEOとして、数多くの企業の経営改革や成長支援に携わり、またオムロン社・ぴあ社の社外取締役の地位にもあるとのことである。経済学者の議論にはない細かいところへの洞察力と、厳しさの底にある温かさを感じることができる。ただ、最新の経済・金融用語(カタカナ用語)が頻出するので、ネットなどで調べながらでないと、門外漢には読み進められない。
 https://www.igpi.co.jp/about_igpi/report/report_2014_7.html(「経営共創基盤」)
グローバル化の進展とともに地方の工場が中国・東南アジアに移転し、空洞化して地方で人が余ってきてしまうのでは、とのステレオタイプ化したイメージは、いま現実が裏切っている。生産労働人口が減少し、団塊世代が退職し始めたころから地方では人手不足が深刻となってきている。交通機関社会福祉サービス、小売りや外食など密度の経済性が重要な分野は、顧客がいる場所でしか操業できない。活動拠点は移せないので、生産労働人口減少の打撃をもろに受けるわけだ。
グローバル化が進んでいるといっても、実態としては、先進国においてはグローバルなフィールドから給料をもらって生きている人と、ローカルなフィールドから給料をもらって生きている人がいて、もともと違う二つの世界の遊離が加速しているのである。
◯「経済政策や社会システムの議論をする場合、そろそろ7割以上を占めるその他大勢の部分の議論をしっかりやらないと政策を見誤るのではないか。その他大勢のサービス産業にはどういう産業特性があり、どういう雇用特性があり、どういう仕事の特徴があり、どういう人たちがどういう働き方をして、どういう生活をしているのか。そのことを直視しなければ、日本の成長戦略は語れない。」(p.41)
◯グローバルマーケットで比較優位がないものは瞬く間に淘汰される競争に晒されている、製造業およびIT産業では、国・地域の嗜好性やマーケットニーズに大きな差が出る商材(食品・言語障壁が効くコンテンツなど)を扱っている場合を例外として、それぞれの競い合っているフィールドで世界のトップないしトップクラスに入れないと生き残れない。つまりスポーツでいえば、金メダルを争うオリンピックなのである。
◯ローカル経済圏の産業領域は、対面でサービスを提供するので本質的に労働集約的である。そこでローカル経済圏では、汎用的・平均的な技能をもつ人材が求められ、労働生産性を劇的に上げることが難しく、要求技能の特殊性が低いことから賃金が上がりにくい構造ができあがる。また競争が不完全で、生産性の低い企業も生き残ってしまう傾向がある。新陳代謝が進まないと労働生産性が上がらないという悪循環に陥っている。
◯グローバル経済圏では、どうすれば「稼ぐ力のオリンピック」において、日本企業、あるいは日本の経済人材のメダル数が増えるか、売上高利益率(ROS)・株主資本利益率ROE)・売上成長率ないしは利益成長率の三つの指標がいずれも10%を超えること=トリプルテンを達成できるかが挑戦課題となり、国内に世界水準の立地競争力と競争のルールを整えることが最大のポイントである。魅力的な場所になるのは、欧米との競争ではなくアジアの中での競争となる。日本が常設オリンピック会場のひとつとして選ばれるためには、いまの法人税(実効率税35.64%)を最低20%台に引き下げなければならないのである。
◯日本の企業の現場技術力は依然として強いのだが、それをグローバル経済圏での戦いに生かすための本社力が弱い。コーポレートガバナンスを強化し、真剣にトップを選ぶべきである。さらに、同質的な集団は必ず意思決定能力が低下するので、性別・職歴・国籍などについてトップマネジメントの多様性(ダイバーシティ)が必要である。
◯グローバル経済圏においては、企業をめぐるさまざまなルールは国際ルールに揃えていかなければならない。そしてそれと対応しつつ国際ルールそのものを日本に有利なものに導いていく努力も求められる。
東京証券取引所もグローバル部とローカル部に分割したらどうか。上場企業の世界も、実態に応じて「Gの世界の住人」と「Lの世界の住人」とに分けた方がよいのではないか(提案)。
◯超難関大学にそれほどの努力もせずに入れるようなレベルの超エリートの若者たちに、「自分で事業を起こし、生涯のうちで一つぐらいはベンチャービジネスを立ち上げること」が「イケてる」という世界観を植えつけるのも重要であろう。
◯一般的な見立て能力とは、ある研究がものになるかならないかを見極めることだが、Gモードの分野のベンチャーキャピタリストの見立て能力とは、その研究がヒットしそうかどうかを見極めることではなく、研究が当たったときにどの程度の収益を生み出すかが関心事項となる。これからのベンチャーキャピタルの担い手は、ベンチャーの担い手である超一流のサイエンティスト、プロフェッショナルのエンジニアなどと渡り合い、ビジネスとの橋渡しをする能力を持った人材となろう。
◯これからの中小企業に関わるメイン・イシューは、地域密着型の中小非製造業、すなわちローカル経済圏でがんばる中小サービス業の問題である。グローバル経済圏の企業と人が金メダルをとり、経済圏が豊かになって、ローカル経済圏が豊かになるというトリクルダウンは起こらないのである。
◯日本の伝統とは、人口の90%以上を占めていた農民の生活様式であって、侍=武士のそれではない。「問題は、かつての農家のように、職場と子育ての場所が近く、その周辺に子育てを助ける人たちがいる環境を、現代的な産業構造のなかでどう構築するかである。そのほうが日本的伝統の復活と言えるし、出生数向上にもプラスに働く。」(p.164)
◯日本の製造業の労働生産性は世界でもトップレベルであるが、非製造業の労働生産性は先進国のなかでもかなり低い。おおむねアメリカの半分程度、ドイツやフランスからも大きく水をあけられている水準である。日本では、生産性の低い企業の淘汰が驚くほど進んでいないからである。密度の経済性が効くローカル経済圏は、もともと淘汰が起こりにくいうえ、中小企業政策で延命を助けているのである。
◯地方では都市よりも先に生産労働人口が減り、高齢化が進んでいる。現代サービス産業の需要の担い手が高齢者であることから、人手不足が深刻化してきている。生産性の低い企業には、穏やかに退出してもらうことが必要であり、事業と雇用を生産性の高い企業に滑らかに集約するべきである。ただし、「企業退出が従業員や地域に与えるショックや経営者とその家族の人生と生活の破壊を回避できるような、穏やかな退出を進められる環境を整える」方策が、行政および金融機関ほか関連組織に求められるのである。
◯「実際、生産年齢人口が急速に減りつつあるローカル経済圏では、子どもや高齢者が中心の生活圏になっていく。この人たちを支えるための仕事に臨むには、何らかの使命感が必要になると思う。/自分の仕事にどれだけの矜持を持てるか。/この思いが、職場の規律を維持するうえで大切な要素になる。矜持を持つことができて、それほど生活に困らない安定した収入があれば、自分なりの幸福感をつくっていける。おそらくそれが、これからのローカル経済圏のゴールとなる。」(p.249)
◯一般に消費社会が成熟段階に入ると、人々の消費はより文化的なもの、より無形の体験的なものに、つまり「コト」への消費にシフトする傾向にある。Gの世界の高所得の人たちから、Lの世界のサービスに対して大変に高価な対価を払ってもらうことも可能であることから、これからGからLへのトリクルダウンを促すことも期待できるわけである。
◯藻谷浩介氏の里山資本主義の主張は、Lの世界の魅力を切り出した卓見であったが、労働需給のパラダイムシフトや、「コト」消費の成長の関係では、「既にやや古くなっている印象もある」。
 http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20130816/1376623691(『「里山資本主義」の可能性:2013年8/16』)
【用語】
 トリクルダウン 
 http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%C8%A5%EA%A5%AF%A5%EB%A5%C0%A5%A6%A5%F3
     (「はてなキーワード」)
 ホワイトカラー・エグゼンプション
 https://kotobank.jp/word/ホワイトカラー・エグゼンプション-179315
     (「コトバンク」)
 金融・証券用語
 https://www.nomura.co.jp/terms/(「野村証券証券用語」)
 http://ci.nii.ac.jp/naid/110002558503
   (「『エクイティー・ガバナンスとデット・ガバナンス』 : 金融システムとコーポレート・ガバナンス」)

なぜローカル経済から日本は甦るのか (PHP新書)

なぜローカル経済から日本は甦るのか (PHP新書)