『日本人のためのピケティ入門』(東洋経済新報社)を読む


 ピケティの『21世紀の資本』は英訳で700ページ近い大著だそうで、池田信夫氏のこの要約・解説でだいたいの論旨が「60分でわかる」とのことで、ビジネスに無縁の素人の勉強としてはこれで十分(?)かと。マルクスの『資本論』が「労働者の窮乏化」の必然性を論理的に明らかにしようと企図した(が成功していない)とすれば、ピケティは資本主義200年の、19世紀については税務データなどを利用した歴史的データにより、「資本主義の根本的矛盾」の歴史的な傾向を経験則として論じているのである。
 資本主義の根本的矛盾は、r>gの不等式で表現されている。rは資本収益率、gは国民所得の成長率である。なおrは「株式や債券や不動産など、すべての資産の平均収益率」で、この不等式は即ち過去の資産の収益が労働所得より大きいことを示している。19世紀のような遺産相続による格差は減少しても、「多くの資産をもつ人は、高いリターンを得ることができます。専門のファンドマネージャーを雇うことができ、多くのリスクをとることができるからです。これが資産の不平等の拡大するメカニズムです。だから経済全体でr-gが大きくなくても、高所得者層ほどその差は大きくなります。これがグローバルにも格差の拡大する原因です」。
 ピケティの「資本」が株式だとすれば、資本収益率はROE株主資本利益率)で、欧米では10~15%、不動産の収益率は5%程度、長期金利と考えると1~2%、預金であればほぼ0で、大きな幅があることになる。日本においては、長期金利ROEも、実質成長率も低いので、ほとんどr=gに近い。ピケティの「資本」は典型的には「不動産」と考えるのがわかりやすい。
 日本の場合の格差の問題は、正社員と非正社員の格差である。この原因は、一つは「ピケティも指摘するテクノロジーの変化」である。「コンピュータの技術を開発するソフトウェア技術者などの賃金が上がる一方、単純労働者の賃金が下がった」ことである。もう一つは、「ピケティがあまりふれていないグローバルな要因」で、製造業の単純労働者の賃金は新興国に引き寄せられて下がるので、知識労働者との国内格差が拡大してしまう事態となるのである。1970年から2006年にかけて世界の貧困率は80%下がり、所得が1ドル以下の絶対的貧困者が60%減少している事実も無視してはならないだろう。
 歴史的な格差拡大のメカニズムを説明できる二つの「資本主義の根本法則」がある。「第1根本原則」は、α=r × β で示される。αは資本分配率(資本収益/国民所得)、βは資本/所得(例えば、地価は所得の何年分かということ)。「資本が蓄積されてβが高まると、この第1法則によってαがさらに大きくなり、労働者との格差が拡大する」わけである。
「資本主義の第2根本法則」は、長期的に成立する「資本ストックの所得に対する比率が、貯蓄の成長に対する比率に等しくなるという関係」で、β=s/g で示される。sは貯蓄率である。日本の場合、貯蓄率が15%を超える一方、成長率が2%程度なので、資本は国民所得の6〜7年分になっても不思議ではなく、「1970年には国民所得の3年分だった私的な富が2010年には6年分になったことは、この第2法則で説明できます」ということ。この格差問題の解決について、どんな処方箋が用意されているのだろうか。
……ピケティが提案するのは、グローバルな累進資本課税と、世界の政府による金融情報の共有です。しかしそれを実施するには、世界の主要国がきわめて高いレベルの国際協調を実現し、税率やその分配方法などについて合意する必要があり、今のところそれが実現する見通しはまったくありません。
 それはユートピアですが、不平等を是正する政策を評価するベンチマークとしては有用です。そういう制度はきらわれますが、今のグローバル資本主義を放置すると、各国で自由貿易を否定する保護主義の動きが強まるおそれがあります。……(p.75)