農業と農本主義



 近所の農家の方から穫れたてのインゲンをいただいた。夕方ビールのツマミに愉しみである。
 http://newskeimatomedouga.blog.fc2.com/blog-entry-4967.html(「宮根誠司と考える!2050年地球の未来」)
 日本テレビ情報ライブミヤネ屋』の7/21(月)の特集番組「宮根誠司と考える!2050年地球の未来」のなかで、宮城県山元町のイチゴ&トマトの生産・販売会社GRAの農業経営についてレポートしていた。女優の多部未華子さんが企画のために派遣されたバリ島の赤米を作るある村の棚田の、スバック(共同体)を基盤にして伝統文化をたいせつにする農業経営・生活との対比で、完全にIT化された効率的な農業を紹介している。温度・湿度・光の量などを自動化して管理し、美味しいイチゴとトマトを生産している。その栽培方法の根のところでは、地元で永くイチゴ栽培に携わってきた農業者の勘と知恵が生かされ、さらにそれらをIT化しようと社長らは努力している。1個1000円の高級イチゴが出荷されていて、デパートの売り場で5個セット5000円で売れ行きが順調との話にも感心したが、イチゴ栽培には土は用いず、ヤシ殻を利用しているとの説明には驚いた。農業=土とのイメージの結びつきが喪失しているのである。

 また夜のどこかのTV報道番組で紹介されていた、茨城県つくば市国松の飯島アクアポニクスでは、チョウザメの水産養殖と野菜の水耕栽培を連結し、魚の排水を作物に吸収させ水を循環させるシステムによって、新しく効率的な養殖漁業および農業の生産を実現している。野菜の水耕栽培については、個人的にはミニトマト水耕栽培を試みていて、いまようやくトマトの実が赤くなってきたところで、大いに共感できた。
 http://www.tsukubakunimatsuiijimakominka.jp/(「つくば市飯島アクアポニクス」)


 必ずしも農業=土のつながりが必然ではないとなれば、かつての農本主義の思想はその基盤を失うであろう。2011年6/6のブログにも再録しているが、HP記載の記事をここで再々録しておこう。

◆現代のエコロジー運動は、かつての農本主義と重なると述べたのは吉本隆明氏であったが、「5・15事件」の思想的指導者であった橘孝三郎の研究家、長山靖生氏は、「東京新聞」5/30紙上のインタビュー記事で、「社会情勢がどんどん、あの時代に近づいているという危機感で書き始めた」と語っていて、その近著『テロとユートピア五・一五事件橘孝三郎』(新潮選書)をさっそく購読。「5・15事件」は「バーチャル・リアリティの物語的革命運動だったといえるかもしれない」とし、さらに、

橘孝三郎らの行動原理が幕末の水戸学思想にあったことはよく知られている。だが彼のあり方は、そう単純ではなかった。孝三郎は第一高等学校で学んだインテリであり、かつ音楽や美術に親しみ、自ら土を耕す生活を実践していた。彼が指導した「兄弟村」は、武者小路実篤の「新しき村」と並び称された「理想の農場」だった。一九三〇年代は、二〇年代に一世を風靡したモダニズムヘの反動からか、世界的にも田園回帰がいわれ、無農薬運動や手作り運動が盛んになった。都市文化の蔭で切り捨てられ、衰弱してゆく地方の現場にあって、世界的なスケールでの思想を展望しながら、自分たちの理論を磨き、行動に移していった。』

 巻末の参考文献リストにも記載ある、橘孝三郎の『天皇論三部作』3巻(天皇論刊行会)を昔求めたことがある。出版にかかわり合った方がわざわざ当時浅草の拙宅(こちらは留守中だった)まで届けてくれた。その折「5・15事件」の中心的実行者の一人であった元海軍中尉三上卓氏から、「本は無事届けられたか」と認められた葉書を頂戴した。数日その葉書を探しているがいまのところ見つからない。(2009年6/13記)

テロとユートピア―五・一五事件と橘孝三郎 (新潮選書)

テロとユートピア―五・一五事件と橘孝三郎 (新潮選書)