アリストテレスの「台風」

 アリストテレスの場合「台風=テュポーン」の用例は、索引(岩波『アリストテレス全集5』)で調べる限り「気象論」ではゼロで、「宇宙論」に3例見られる。 
1)この領域(*空気の領域)は、それ自身その能力が受動的で、多種多様に変化するものであるので、そのうちには雲ができ、雨が降りそそぎ、雪や霜や霰や風や台風が生じ、さらに雷鳴や電光や稲妻の落下や無数の暗雲のぶつかり合いがある。(「宇宙論」村治能就訳・第2章:p.249)
2)このゆえに、感覚されるもののうちでも、最も尊いものども、すなわち諸星や太陽や月は同じ場所を占めている。そして、このゆえに、天的なものどもだけがつねに同じ秩序を保って秩序づけられている。そして、地上の可変的であるものどもが、多くの変化と変容をうけ入れるようには、変化したり、状態をかえたりしないのである。なぜなら、強力な地震が起こって地球の多くの部分をひき裂いたし、暴風雨が襲って雨を振りそそいで大地の多く[の部分]を浸したし、波浪の侵入や後退が乾いた陸地を海にしたり、海を乾いた陸地にしたりした。また、強烈な風や台風が、ときどき、都市全体をひっくりかえした。(同書・第6章:p271~272)
3)電光がぴかり光って燃えつき地にまで烈しく駆け出すものが稲妻と呼ばれる、しかし、[燃え方は]半分であるが、強烈で集中的ならばプレステール[火柱]と呼ばれる。また、全く火がないならば、燃えっぽいテュポーンと呼ばれる。そして、これらのおのおのは地に落ちるときは、落雷と名づけられる。稲妻のうちで、煙に似て暗くみえるものは「煙っぽい」といわれる、また、他の速く動くものは「燦(きらめ)くもの」といわれ、ぎざぎざの線のかたちで動くものはヘリキアといわれ、或るものに落ちるものはみな落雷といわれる。(同書第4章:p.257)※訳者注:テュポーンは台風や暴風の意味に使われるが、ここでは、火に関係が深い。つまり煙を出すものとされている。(なお高津春繁著・岩波『ギリシアローマ神話辞典』の「テューポーン」の項では、「シシリアの海を越えて遁走中ゼウスはエトナ山を彼の上に投げつけて、彼を押しつぶした」とある。)
 この「テュポーン」が、アラビア語・中国語などを複線的に経由して「Typhoon」に至ったのか、門外漢の知るところではないのである。