「里山資本主義」の可能性

 藻谷(もたに)浩介日本総合研究所調査部主席研究員とNHK広島取材班との共著『里山資本主義』(角川oneテーマ21)は、地域の事実についての情報が新鮮で、ウィリアム・モリスを思い起こさせる藻谷浩介氏の解説と提言にも説得力が生まれている。
 http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20100611/1276228714(「ウィリアム・モリスアカンサス」)
 藻谷氏によれば、『お金の循環がすべてを決するという前提で構築された「マネー資本主義」の経済システムの横に、こっそりと、お金に依存しないサブシステムを再構築しておこうという考え方』が「里山資本主義」である。取材班は、地域で奮闘し成果をあげている例を紹介している。
 例えば、岡山県真庭市の住宅などの建築材を作るメーカーの社長中島(なかしま)浩一郎さんは、製材の過程で出る木くずを利用した「木質バイオマス発電」を実現させている。工場で使用する電気のすべてをバイオマス発電でまかない、夜間余った電気を電力会社に売っている。木くずを産業廃棄物として処理してしまうと年間2億4000万かかるので、これも計算すると全体として4億円の得をしていることになる。さらに中島氏は、発電だけでは使い切れない木くずを円筒状に固めて、ペレットと呼ばれる燃料として販売している。これはコストパフォーマンスがすこぶるよいそうである。真庭市の行政もこの取り組みを強力に後押ししているとのこと。
 例えば、広島県庄原市の和田芳治さん。近所の人が所有していた裏山の1ヘクタール分を9万円で買い取った。そこで拾い集めた木の枝を使って、エコストーブという、灯油を入れるペール缶の側面に小さなL字型のステンレス製の煙突がついただけのシンプルな装置で、暖房や煮炊きなどの調理ができるそうである。「山を燃料源にすれば、無尽蔵に燃料を得ることができる。山の木は一度切ってもまた生える、再生可能な資源である。切るとその分なくなると思うかもしれないが、むしろ山の木は、定期的に伐採したほうが、環境は良くなっていく」とのことである。
 例えば、一人当たりの名目GDPが49,688米ドル(2011年)で世界第11位のオーストリアは、「木を徹底活用して経済の自立を目指す取り組みを、国をあげて行っている」。これまで原油を中東諸国に、天然ガスをロシアからの供給に依存してきたオーストリアは、ペレットやそれを利用したボイラーの生産技術は、他国の二歩も三歩も先を進んでいて、世界中にペレット製造装置を売っている大きな会社がいくつもある。さらに真庭市の中島さんも注目している、「直角に張り合わせた板」であるCLTという建築材が誕生したのもオーストリアにおいてであって、耐震性および耐火性にすぐれるこの建築材を使った木造高層ビルが、オーストリアの都市部のあちこちに建ち並び始めているそうである。ウィーン工科大学の某教授は、鉄筋コンクリートから木造建築への移行は「産業革命以来の革命と言っても過言ではない」と熱弁を振るっている。
 藻谷浩介氏のまとめる「マネー資本主義」へのアンチテーゼとしての「里山資本主義」の特徴は、三つである。
1)「貨幣を介した等価交換」に対する、「貨幣換算できない物々交換」の復権であること。
2)「規模の利益」への抵抗であること。
3)リカードが発見した分業の原理への異議申し立て。
里山資本主義」は、その気になりさえすれば都会でも実践できることであること。そしてあくまでもサブシステムとしての「里山資本主義」であって、真っ向から脱「マネー資本主義」を掲げる思想でも実践でもないということは、注意したい。
 http://www.pref.kochi.lg.jp/uploaded/attachment/95335.pdf(「CLTの推進に向けた取り組みへの支援 」)