ナベツネ「最後の著書」を読む

 読売新聞グループ本社代表にして、読売新聞主筆渡邉恒雄氏は、今年86歳、おそらく「最後の著書になろう」(?)と筆をとった書が、『反ポピュリズム論』(新潮新書)。面白かった。
「いたずらに一般大衆の要求や感情に迎合して人気取りに終始する政治のありよう」としてのポピュリズムについて、戦後政治史の断面を紹介しながら、論じている。大阪の橋下市長の政治手法をめぐって一章を設けている。橋下氏は、「二十一世紀日本の歴史的リーダーになる可能性もないとは言えない」とし、人気に便乗して「白紙委任」をされたなどと、かってのヒトラーにつながる見解を撤回し、「維新八策」には一般論として賛成できるものもあるにしても、その個々のbrushupとともに、「ちゃんと政策で選り分けて、政策中心の政治勢力結集を追求すべき」と忠告している。
 消費増税及び原発再稼働、TPP参加などの問題は、論理的説得と政治家の決断を必要とする喫緊の政治課題であるが、現代民主政治においては選挙に勝つことが至上命令となり、大衆迎合の立場をとってしまう傾向が生じている。
……三〜五人区中心の中選挙区では、有権者の十五%から二十%程度を支持者につかめば当選したので、候補者は本音の政策や理念を語ることが今よりもずっと容易だった。
 ところが小選挙区では、対抗候補より十票、百票でも多くとるため本音を隠し、八方美人の迎合政策を弁じねばならないから、候補者は信念も理想も捨ててしまう。
 小選挙区制が、政治家の質を決定的に衰弱させたのは間違いない。そのような制度は、可能な限り早く変更しなければならない。
 私は、三人区を中心とした中選挙区に戻すことが最良の道と信ずる。……(同書pp.124〜125) 
 選挙については、さらに「マニフェスト至上主義」が大衆迎合を生み、「これらとの訣別が、ポピュリズム政治から脱するためには絶対必要である」と。
 メディアの問題では、「sound bite=(政治家の演説に使用される)記憶しやすい短い文・文句;印象的なせりふ(旺文社『O-LEX』)」と、「ワンセンテンスの論説」の二つがある。前者は、オバマ大統領の「Yes We Can」など骨身に徹して(?)記憶しているところ。後者は、「ニュースの客観性を著しく害する某民放キャスターの思い入れたっぷりにひと言いう左翼的コメントも、ワンセンテンスの論説の一種だろう」とのこと。それはそれとして反権力的怒りのポーズでどれだけのギャラを得ているのか、某アンカー氏はみずからあきらかにするべきであろう。
 読売新聞では社説については、『必ず論説委員会全体で議論するし、最終的には主筆の指揮下にあり、社論会議のメンバーである論説委員長が了承することで「社論」となる』そうである。AKB48のファンであるというナベツネ主筆も、とうに傘寿を越えている。より若いリーダーに道を譲るべきではないか。わが高校の大先輩である方に無礼な「ワンセンテンスの論説」となってしまった。

反ポピュリズム論 (新潮新書)

反ポピュリズム論 (新潮新書)

⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家の、デュランタ宝塚。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆