バルザック「ランジェ公爵夫人」を映画で鑑賞


仙台市「古本屋451」にてネット入手)
 先日(1/18)NHKBSプレミアム(13:00〜)で、バルザックのわが大好きな小説「ランジェ公爵夫人」を原作とした、ジャック・リヴェット監督の映画が放映された。かつて東京神保町岩波ホールで上映されたとき見逃していたので、嬉しい限り。炬燵に足を突っ込んだまま、リヴェットの紡ぐ映像の美に酔いしれた。あわてて、東京創元社版『バルザック全集7』を書庫から探し出した。つながりのない三篇の小説から成る『十三人組物語』中の一篇第2話が、「ランジェ公爵夫人」(岡部正孝訳)。小説の冒頭は、「地中海の或る島にあるスペインの町に、カルメル会修道院がある」とあり、映画シナリオ(パンフレット採録)では、「スペイン・マヨルカマジョルカ)島の高い岩山の連なりの上に立つ修道院」と特定していて、バルザックがこの小説執筆にあたって人から聞いた、「マジョルカ島の絶壁の上にあるパルマ修道院」の情報が生かされている。しかし物語の展開は、原作に忠実で、主人公アルマン・ド・モンリヴォー将軍(ギヨーム・ドバルデュー)がついに出会えた修道女との面会と拒絶の出来事から、この修道女、かつて将軍と激しく愛し合い、恋愛の技巧の果ての行き違いによって絶望して修道院に逃れてしまった、ランジェ公爵夫人ジャンヌ・バリバール)と将軍との社交界での出会いと別れを回想する運びである。そして、愛する修道女を十三人組の仲間たちと海から岩の断崖を登攀して救出を試みるも、彼女はすでに亡骸となって霊安室に横たわっていたという結末。ラスト船の甲板上での仲間ロンクロールとの会話のことばも、最後のロンクロールの(それじたいはすてきな)恋愛論はカットしてはいても、原作そのままで、主人公モンリヴォー将軍の悲嘆と残酷な決意が伝わり感動的である。

「やれやれ!」とロンクロールは、モンリヴォーがまた船橋にあらわれたときに、いった。「あのひとも女だったが、いまでは、何ものでもなくなってしまったね。それじゃ、両足に錘りをつけて、海に投げこむことにしようじゃないか。そうして、もう夫人のことは、子供のときに読んだ本のように、すっかり忘れてしまうんだね」
「うん」とモンリヴォーは答えた。「あのひとは、もう一篇の詩にすぎなくなったのだからな」(同書p.252)

 仏文学者の鹿島茂氏は、モンリヴォー将軍の心を弄ぶランジェ公爵夫人が、十三人組の仲間の力を借りた将軍によって拉致され、正義の焼きゴテを進んで押されようとした場面が、「全編のハイライトであり、映画を是とするか非とするかは、この部分の解釈にかかっています」とし、『夫人は自分より優位にある男を発見し、生まれて初めて「愛された」と感じ、そしてその瞬間に「恋」に落ちたのです』と解説(映画パンフレット)している。なるほどこのシーン(およびそれ以降)でのジャンヌ・バリバールは、じつに可愛い女に映った。彼女は歌手でもあるそうで、ピアノを弾きながら「タホ川(ターホ)の流れ」を歌う場面があることからの起用であったろうか。歌声にもうっとりさせられる。
 この小説執筆には、夫と別居中で才色兼備のド・カストリー侯爵夫人と交際し、最後の一線を越えることを拒絶されたバルザックの苦い体験が生かされているらしいが、そんなことはどうでもよろしい(?)。小説としてみごとに自立している。しかし妄想のなかでは、焼鏝(やきごて)を夫人の額に押しあてていたのかもしれない。まことに美しい人らの情熱恋愛とは、権力闘争のようなものであろうか。

「さあ、みなさま、いらっしゃってください。お入りになって鏝をお押しになってくださいませ。ランジェ公爵夫人に鏝を、お押しあそばせ。夫人は永久にド・モンリヴォー氏のものですから。さ、はやく、お入りになってください。私の額は鉄よりも焼けておりますから」(同書p.211)

  http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=8684(映画作品紹介)


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⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家の、沈丁花の花芽。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆