バルザックの「サラジーヌ(Sarrasine)」(芳川泰久訳)を読む

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   ミッシェル・セールの『両性具有』(叢書ウニベルシタス)が読みたくて、そこで論じられている、バルザックの「サラジーヌ」(芳川泰久岩波文庫『サラジーヌ』所収)を読んだ。文庫で70頁ほどの作品であるが、入れ子構造の構成になっていて、登場人物の名前と特徴を把握するのにけっこう手間取るところもある。『両性具有』は版元の法政大学出版局ではすでに品切れでAmazonでは高値がついている。幸い楽天ブックスに1点在庫あり、読み終えて本日すぐに注文した。何しろ楽天競馬の馬券購入でだいぶポイントが貯まっていて、1000円未満の支払いにて購入できた次第。
 作品は入れ子構造、外部はパリでのランティ伯爵夫人主催の舞踏会でのこと、内部はその舞踏会の翌日「私」がロシュフィード夫人に語る、ローマでの天才彫刻家サラジーヌの悲恋と死のこと、の過去と現在の二つの物語で成立している。むろん過去のサラジーヌの物語が、舞踏会での出来事と交差する。
「私」が誘惑をひそかに企む若く美しいロシュフィード夫人を誘って訪れた、ランティ夫妻の豪邸での舞踏会、そこには、母ランティ伯爵夫人の美貌を継承している、娘のマリアニーナ、その兄のフィリッポとともに、「日雇い労働者のように背が曲がっていたが、かつては人並みの背丈であったことが容易に見てとれ」、「ひどく痩せたところや四肢のか細さを見れば、体つきがずっとすらりとしたままであることは明らかな」ひとりの老人が、まるで邸の亡霊のように目撃されるのであった。
 その老人がロシュフィード夫人のすぐ隣にやって来て、彼女は怖くなり「私」とともに大広間の奥の半円形の部屋に入った。その壁に「豪華な額縁におさめられた」ギリシア神話の美少年アドニスの姿を表した美しい絵が飾られていた。その絵は、女性の彫像をもとに描かれたものであることを「私」が伝えると、すぐにも絵のモデルを知りたがるロシュフィード夫人に「私」は、翌日絵の由来を物語ることを約束して別れた。
 翌日「私」が夫人宅のサロンで語ったこと。昔フランスで若いサラジーヌという才ある若者の彫刻の腕と情熱が、プーシャルドンという偉大な彫刻家に認められるところとなり、彼はその弟子となった。そしてローマに出て、プーシャルドン、ミケランジェロにも肩を並べる彫刻家にならんと彫刻の制作に熱中した。ある日たまたま歌劇場に入って、ザンピネッラという肢体も声もあまりにも美しいソプラノ歌手の舞台に出会い、魂を吸いとられてその劇場の年間予約桟敷席まで確保し通い詰めるに至る。ある時、ザンピネッラの仲間たちに「彼女ひとりからの誘い」のような手紙に騙されて、ザンピネッラも参加している大酒宴会場に足を運ぶ。サラジーヌの告白を物憂げにかつ恐怖をも隠さず拒むザンピネッラ。その後フランス大使邸で音楽会が催され、そこでザンピネッラが歌うと知らされる。ザンピネッラ略奪を意図してその会に参加、そこでローマの貴族から、ローマの歌劇場では女役はカストラート(去勢された青年ソプラノorアルト歌手)が歌っていることを教えられ、衝撃を受けたサラジーヌの疑惑が頂点に。仲間の助けを借りて強制的にザンピネッラを馬車に乗せて連れ出し、自分のアトリエに連れて来て彼女をモデルに制作した彫像を見せ、ザンピネッラに「女なのか?」と究極の詰問。ザンピネッラは答えず、サラジーヌは剣をとってザンピネッラを殺そうとすると、ザンピネッラを寵愛していたチコニャーラ枢機卿の手の者たちが押し入り、サラジーヌを殺してしまう。
 ロシュフィード夫人から、舞踏会に現われた老人とサラジーヌの物語はどう関係があるのかと問われた「私」は、老人こそ老いたザンピネッラであり、例のアドニスの絵は、サラジーヌがザンピネッラをイメージして制作した彫像を有名な画家が模写したものであり、あの声も姿も美しいマリアニーナの大伯父がザンピネッラなのだと説明して終わるのであった。

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