弱者の勁(つよ)さ


 季節労働者から港湾労働者となって思索と著作に情熱を傾けた、アメリカの社会哲学者エリック・ホッファー(1902〜83)の『エリック・ホッファー自伝』(中本義彦訳・作品社)は、さすがにあっと虚を衝かれる文章に出会うことが多い。
 28歳の時に、25セントで大量に買い込んだシュウ酸で自殺を図ろうとするが、「激情に打ち震えながら、シュウ酸を吐き出した。つばを吐き、咳をし、唇をぬぐいながら、暗闇にビンを投げ捨て」、それは、未遂に終わった。
 決行の日の朝不安にかられたことを次のように思い起こしている。
……今から思えば、私が急に不安にかられたのは、朝が、「明日」の消失にほかならなかったからだ……死は一ヵ月先でも、一週間先でも、たとえ一日先でも、恐怖をもたらすことはないだろう。なぜなら、死の恐怖は「明日」がないということだからだ。……
 32歳の時に、メキシコ国境のエル・サントロの季節労働者キャンプに滞在して働いた。そこでは、「無傷で五体満足なのは」200人中70人だけであった。しかしアメリカを、そしてオーストラリアを、シベリアを開拓してきたのは、痛みをともなう困難な行動を避ける「財をなした者」らではなく、これらの放浪者ではなかったかと、エリック・ホッファーは、みずからの発見を述べるのである。
……人間という種においては、他の生物とは対照的に、弱者が生き残るだけでなく、時として強者に勝利する。「神は、力あるものを辱めるためにこの世の弱きものを選ばれたり」という聖パウロの尊大な言葉には、さめたリアリズムが存在する。弱者に固有の自己嫌悪は、通常の生存競争よりもはるかに強いエネルギーを放出する。明らかに、弱者のなかに生じる激しさは、彼らに、いわば特別の適応を見出させる。弱者の影響力に腐敗や退廃をもたらす害悪しかみないニーチェD.H.ロレンスのような人たちは、重要な点を見過ごしている。……

エリック・ホッファー自伝―構想された真実

エリック・ホッファー自伝―構想された真実

⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家の、上ダリア、下(八重)ストック(11月の誕生花)。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆