イギリス資本主義がわかる

 川北稔大阪大学名誉教授の『イギリス近代史講義』(講談社新書)は、いわゆる産業革命の、歴史的前提・経過・成果などについての従来の常識を覆し、現代にまで連なるところのイギリス資本主義の本質的特徴をわかりやすく説いている。中核ー周辺の機能的連関から成る近代世界システムの視点と、経済・社会の変動を、生産・供給側からのみならず、むしろ需要・消費の側つまり庶民生活から捉えようとする視点の二つの視点から、イギリス資本主義の勃興・発展を考察している。そこに(歴史学素人にとっての)斬新な魅力がある。
 そもそもイギリス資本主義とは、「ジェントルマン資本主義」つまり資産を他人に貸しつけて利益を得る地主・金融資本的なものが歴史を貫く本質であるということだ。ジェントルマン(&レイディ)とは、かつては土地の貸し賃で上流の生活を維持した、貴族および平民(ジェントリ)によって構成される階級で、17世紀末で全人口の5%程度。株・国債抵当証券などの動産投資をする人は、「金貸し(moneyed man)」として忌避されたが、19世紀前半には、シティに結集した金融関係者の方がジェントルマン階級の中核となり、今日に至っている。
 16世紀前半にたくさん出された「ぜいたく禁止法」は、経済状況に敏感なジェントリの国会議員たちの意向が反映されて、1604年に全廃されている。これにより封建的身分制度と結びついた服装の縛りがなくなり、消費と社交の都市ロンドンを中心として、庶民が外見・恰好を選べるようになった。
「このことは経済史的には、イギリスに、全国民を巻き込んだ国民的マーケットが成立したことを意味します。フランスでは、たとえば、ヴェルサイユで貴族たちが華やかな暮らしをしているといっても、それは貴族だけの話で、マーケットとしては非常に狭かったのですが、イギリスでは王室が流行を取り入れると、かなり早いスピードで国民全体に広がっていくようになったのです。/たとえば、のちに東インド会社が輸入するコットンもそうです。キャラコを、東インド会社は、マーケティングの戦略として、まず王室に贈呈します。それが王室で流行すると、貴族がまねをして、貴族で流行すると、ジェントリが、という具合に広がっていきます。」(同書p.53)
 なるほど、だから木綿工業における生産の大発展が可能となったのだ。いくらイノベーションがあっても、需要・消費の側に、生活スタイルの変化が実現していなければ、産業の興隆はあり得なかったろう。また産業のためのインフラ整備に資金を提供したのは、ジェントルマン層であって、前期的資本=商業資本と対決した産業資本家が近代資本主義を推進したという事実はない。現在のアパレル産業に近い東インド会社の、「これからはやりそうな模様、図柄のコットン」をインドで大量につくらせたマーケティングあっての生産の拡大であったわけだ。
 産業革命時の女性&子どもの悲惨な労働が指摘されてきたが、「妻や子が自分の稼ぎを、現金収入というかたちで持つようになった。これが産業革命で起こったことのひとつであることはまちがいありません」。そこから、ナイフ・フォーク・陶磁器などの台所用品や、綿織物などの衣料品の消費が活発になったことは、統計的にも推定できる。これらは、「産業革命の初期に大発展をとげた産業の製品」であったのだ。
 いまでもエリートが、製造業ではなくシティの銀行・証券会社に入っていくというイギリス経済が、これから「長期的衰退」よりも、したたかさを見せるのかどうかはだれも読めないだろう。ともあれ、マルクス&ウエーバーの「仮説」で納得させられてきたイギリス資本主義の興隆と「衰退」をめぐって、よりデータに裏打ちされた新たな視座を学ぶことができた。 

イギリス近代史講義 (講談社現代新書)

イギリス近代史講義 (講談社現代新書)

⦅写真(解像度20%)は、千葉県九十九里民家の山茶花。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆