わが町の歌姫




 千葉県船橋市のわが町には、ここで育ったひとと、現在暮らしている歌手と、二人の実力ある歌姫がいる.一人は、倉木麻衣さん.かつてmixi日記に記載したことがある。

「パルコ内のショップで、倉木麻衣さんのシングルCD『Silent love/BE WITH U』DVD付(NORTHERN MUSIC )を購入した。MaciTunesで聴いているところ。倉木麻衣さんは、少女時代を船橋市のわが町で過ごしている。通った小学校・中学校は、わが家からもっとも近い学校だ。近隣に、小学生・中学生のころをよく知った方がいる。J-POPの音楽にはあまり明るくないが、その縁で彼女の活動には注目している。宇多田ヒカルとの比較、父親の行動など、不運な過去もあったが、いまは広くアジアを舞台に活動している。

 歌手倉木麻衣さんの祖父が、戦前戦後と京都で活躍した詩人であり、印刷業を兼ねた小出版社の経営者であった、山前實治(やまさきさねはる)である、ということを知っている人は少ないようだ。自宅の風呂の脱衣場まで書物が堆積しているような人をビブリオ・マニアと呼ぶとすれば、私などとてもそのレベルには達してないし、とくに詩集の蔵書は貧しいのであるが、『山前實治全詩集』一冊は、所有している。この詩人が生前経営していた文童社から1981年、子息を発行者として限定388部で刊行されたものである。
 たまに
 日が
 あたるので
 炎えます。   (「岩」)
 この詩をある全国紙の記者が本人の事前の承諾もとらずに掲載したとき、山前實治は激怒したそうである。いまなら有力メディアに作品が紹介されれば、欣喜雀躍する人間ばかりのように思えてしまう。詩人には、出生地飛騨の人としての都会なるものへの反骨精神が潜在していたらしい。
 たとえ ふみにじられようと
 どろ ひっかけられようと
 公害の俗塵に まみれようと
 さげすみのつば はっかけられようと
 にやっと わらって
 たちあがる
 花
 タンポポ   (「タンポポ」)
 詩人はいっぽうで精力的な経営者でもあって、京都の詩人たちの詩集の出版に、採算を度外視して尽力したそうである。夥(おびただ)しい数の詩集や詩誌の一覧を眺めても、現在詩壇で著名な方らの名前がある。かつてこの印刷屋兼小出版社を経ていない詩人は、京都の若い詩人の間でモグリだとまでいわれたらしい。 」

 もう一人は、横洲かおるさん。元劇団「四季」で活躍していたとのこと.「東京新聞」4/19紙「千葉中央」などによれば、1976年鹿児島市生まれながら、現在は船橋市のM町(わが町だ)に居住し、主婦業および葛飾区の私立中高で化学の講師勤務をしながら、船橋市を拠点に音楽活動をしている。今秋の「千葉国体」においては、みずから作詞・作曲の「千葉華(せんようばな)」を応援歌として歌うようだ.毎月1回船橋駅前でライブをしているそうなので、ぜひ聴きたいもの.船橋市は、昔太宰治川端康成などが一時住んだことがあるにしても、永井荷風が暮らした市川市と比べると、文化的活力と香気が乏しい感じである.横洲かおるさんの活動に注目したい.
    http://hwm3.gyao.ne.jp/kaoru-y0304/ (横洲かおるさんのHP)

⦅写真(解像度15%)は、東京台東区下町民家のギボウシ。小川匡夫氏(全日写連)撮影.⦆