演劇ユニットunrat#8(アン・ラト)公演、大河内直子演出『薔薇と海賊』(3/7 東京芸術劇場 )観劇

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 3/7(月)池袋の東京芸術劇場シアターウエストにて、unrat#8公演、大河内直子演出『薔薇と海賊』を観劇した。三島由紀夫のこの作品を観劇するのは、2度目である。今回J列の端の席、(左耳難聴で)せりふが聴き取れない懸念あり、予め戯曲(新潮社版『薔薇と海賊』 1958年初版)をさあっと読んでおいた。

simmel20.hatenablog.com 演出の大河内直子は、かつて蜷川幸雄演出『身毒丸』『美しきものの伝説』などの演出助手を務めていて、この喜劇をどう演出するのか興味があったが、(舞台装置も含めて)原作戯曲に忠実で正統派の進行、最後に薔薇の精とユーカリ少年の愛犬マフマフなどがバレエを踊りつつ、下手側のカーテンで閉ざされていた大きな窓から登場、童話作家楓阿里子と永遠の少年松山帝一(ユーカリ少年)との純愛の成立を祝う幕切れであった。『美しきものの伝説』を思い起こさせたラストの華やかさ、みごと。もともと三島由紀夫は、渡米中のニューヨークで英国ロイヤル・バレエ団の『眠れる美女』を観て。それに触発されてこの作品を創作しているのであるから、バレエで終わらせる演出は奇抜なものではない。

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 松山帝一(ユーカリ少年)役の多和田任益(ひでや)の背が高すぎクンで、昭和の芝居としては他とのバランスを欠いている印象。現代に引き戻されてしまうのである。無辜の永遠の少年のイメージはあるのだが、どうも気になってしまう。童話作家で館の主楓阿里子役、霧矢大夢(きりや・ひろむ)は元宝塚月組男役トップだった人だそうで、なるほど気品が漂い、三島の観念的なせりふも舞台上を淀みなく走り、心地よく聴こえる。今回最も注目したのは、楓の娘千恵子を演じた田村芽実(めいみ)。同じ作者『サド侯爵夫人』でのサド侯爵夫人ルネの娘アンヌにあたる人物だろう。ことばが紡ぐ美しいイメージの重なりが幻想と現実を交錯させる空間を構成するなか、千恵子が肉体性をもった女性として軽やかに動きまわる。短剣の所有でのみ己の存在感を納得できていた俗物、額間(大石継太)と結婚して館を飛び出すに至るのだが、第3幕冒頭二人の掛け合い、「あなたつて歯だけはデリケートに出来てるのね」と時々頬を押さえる額間に言う千恵子の言葉、面白い。1990年東京グローブ座で上演された、スウェーデン王立劇場来日公演、イングマール・ベルイマン演出『サド侯爵夫人』の舞台では、淫乱なサン・フォン伯爵夫人がアンヌの豊かな胸を露出させて、乳首を撫でる場面があった。一瞬観念の世界から地上の官能性を思い出させた「事故」のようだった。
 この二組の結婚、そして昔女学生だった楓を二人して強姦した夫重政(須賀貴匡)と弟重巳(鈴木裕樹)の追放をお膳立てたのは、苦労話を語ることが大好きな沢村勘次(飯田邦博)と連れ合い(?)の定代(羽子田陽子)のふたりで、それも自動車事故死し幽霊になってからのこと。まるで『夏の夜の夢』の妖精の王のようだ。『ハムレット』の悲劇はハムレットの父の亡霊が招き、『薔薇と海賊』の喜劇は、手伝いボランティアの男女の幽霊が幕を降ろす。
 さてこの館の夫婦が避けてきた現実とは何か。重政・重巳兄弟が女学生(楓)強姦の翌日犯行現場に行ってみると、重巳「俺たちは真つ蒼になった。幽霊を見たと思つたからだ。きのふの女学生が、ぢつと坐つて兄さんを待つてゐた」。重政「ああ、真蒼だつた少女のあの顔。でも俺は生まれてから、あんなに女の聖らかな顔を見たことがない。ゆうべ自分が犯した少女の」。ところが楓はどうであったのか。
:あなたは何もご存知じぢゃなかつたのね。私にはあなたの知らない女の生活がありましたのよ。復讐して、又その償ひをして、憎んで、又その償ひをして……。
重政:そして愛して……。
:愛したのはたつた一瞬でしたの?
重政:重巳と俺が罪を犯した20年前のあの日かい?
:いいえ、そのあくる日、あなたを殺さうと思つて、公園の夜の木陰のベンチに、ぢつと坐つて待つてゐたとき。……そこへあなたがいらしつた。お顔を見たとき、もう殺せないと思つた。その一瞬だけだけでしたわ。
重政:復讐のために結婚して、どうしてお前は我慢したんだ。
:もう申しました。自分でした復讐の償ひのため……。

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