東京二期会オペラ劇場『ルル(Lulu)』(新宿文化センター大ホールにて)観劇

 

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 一昨日8/31(火)、都営地下鉄新宿線新宿三丁目駅まで出向いて、明治通りと合流するところを経由、右折して新宿文化センターに辿り着いた。ここの大ホールはかつてコンテンポラリーダンスの舞台を中心に、よく訪れた会場である。昔は速歩で歩いた道路を、いまは変形性膝関節症のため時間をかけて歩いた。演し物以前に、じつにひさしぶりに同じ道を歩けたことに感動してしまった。
 昨年公演延期となった東京二期会オペラ劇場、アルバン・ベルク作曲『ルル(Lulu)』を観劇した。ダブルキャスティングとなっていて、8/31、タイトルロールを歌ったのは、わが推しの森谷真里。管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団で、指揮がマキシム・パスカル。最終幕が、(声楽のある)第三幕なしの、「ルル組曲」の後半2曲「変奏曲」と「アダージョ」のみの演奏で構成されていたので、とくにマキシム・パスカルの抑制と解放を自在に操る華麗な指揮は重要であった。
 貧民街で育ち娼婦であったルルは、新聞社編集長シェーン博士の庇護と強制で医事顧問(心臓発作で死亡)次に画家(自殺)と結婚させられるが、最後にはシェーン博士と(その許嫁を追いやって)結婚。しかしルルのその妖艶な魅力の虜となった男たちがいつも寄ってきて関係を断ち切れない。嫉妬で狂ったシェーン博士は拳銃でルルに自殺を迫るが、逆に自らが撃たれて死んしまう。逮捕されたルルは2年後脱獄に成功し、シェーン博士の息子、作曲家のアルヴァとパリに逃避行を企てる、といった展開で、ルルの物語の原作、フランク・ヴェーデキントの『地霊』&『パンドラの箱』では、パリで破産したアルヴァとルルは、ロンドンに渡り、ルルは娼婦として働くが、アルヴァは客の黒人に殺され、ルルも別の客=「切り裂きジャック」によって殺害されてしまうのである。これまでの通例的人物像としては、ルルは淫乱な娼婦であり、男たちの人生と運命を破滅させる「運命の女(ファム・ファタル)」と捉えられよう。 
 今回演出したカロリーネ・グルーバーは、(女性側の視点で)ルルはむしろ社会の被害者であり、男性側の権力と欲望の足枷からいかに自由を得るかの物語の主役としてとらえようと試みているのである。ルルの男性の欲望の対象としての外見的面を裸体のマネキン実物とその映像の提示によって、内面の魂の葛藤をソロダンス(中村蓉)によって表現しようという演出である。背景には現代のフェミニズムおよびポリコレの思潮があるのは、容易に読みとれる。プログラムにはなぜか唐突に「上村松園とその美について」が掲載されていて、東京国立近代美術館主任研究員の中村麗子さんが冒頭で「その生き様には、女性の目線から『ルル』を再構築しようと果敢に挑む、本作の演出家カロリーネ・グルーバーの姿が重なります」と書いている。
 新演出がどうあろうと、歌と音が貧しければ感動を招かない。森谷真理のソプラノはただただすばらしく、ルルが「運命の女(ファム・ファタル)」であろうと男性中心社会の犠牲者であろうとどうでもよく魅せられるのである。

prtimes.jp

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 副指揮担当の一人根本卓也さんは、愚息(弁護士)の高校の同学年同窓で将来が楽しみな音楽家開成高校東京藝術大学・大学院(指揮専攻)→パリ国立リヨン高等音楽院(5年)の学歴で、ラテン語を含め世界8ヶ国語に通じ、あらゆるオペラ脚本を原語で読解するという逸材。

simmel20.hatenablog.com

nemototakuya.info

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simmel20.hatenablog.com▼映画では、ゲオルク・W・パプスト監督の無声映画パンドラの箱』(1929年)がある。(DVDが出ているとのことで、さっそくamazon.co.uk.に注文。)この作品の主演女優が、アメリカ人女優のルイズ・ブルックスで、大岡昇平氏は「男の子みたいな美女の系列」が「スクリーン・ラバー」だそうで、(ヘアスタイル)ショートボブのブルックスのルルは、ジャンヌ・ダルクのようで、たいそうお気に入りだったようだ。『ルイズ・ブルックスと「ルル」』(中央公論社・初版1984年)という著書を上梓している。ブルックスの髪型も容姿も、この本の写真でわかるのだ。

……「ルル」以前の西欧の悪女、「椿姫」も「カルメン」も「サロメ」ですら、一人の男の運命を狂わせただけだった。ところが「ルル」は結婚の破壊者、制度の否定者として現われる。司法も警察もどうすることもできず、同類の犯罪者「切り裂きジャック」によって、やっと抹殺される。……(同書p.53)
 さて今回のシルヴィウ・プルカレーテ演出の舞台では、同時通訳イヤホンでの鑑賞なので、台詞の音声の微妙な味わいまではわからないが、登場人物の身体性にこだわっていることは容易に理解できる。グロテスクになりそうなところで美的均衡が保たれ、興奮しそうなところで認識が求められる。ショートボブのヘアスタイルではなく、したがってアンドロギュヌス風ではないルルのオフィリア・ポピは、かたちのよい白い乳房を露にして妖しく十分魅力的であった。

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