キョセム寵妃(ベレン・サート)はハンナ・セネシュ(M.デートメルス)と重なる

www.hulu.jp    Hulu配信中の『新・オスマン帝国外伝』シーズン1の38、39、40話は、太皇太后サフィエが皇帝アフメトを出征中の戦場で暗殺し、アフメトと異母兄弟に当たる幼いムスタファを皇帝に就かせ自らは摂政として帝国に君臨しようと反乱を企てたエピソード。イスタンブールトプカプ宮殿内での戦闘場面は迫力あり、息を呑んだ。アフメト暗殺は失敗に終わったが、宮殿内部では皇帝崩御とのデマを信じた兵士らの反乱参加により、企ては成功まで一歩であった。夜明けとともに皇帝就任式の段取りが進行、サフィエは後宮内で力を得つつあった寵妃キョセムに絞首刑を宣告、地下処刑場に連行されキョセムの命は風前の灯火。サフィエ付きの宦官ビュルビュルは太皇太后サフィエに忠義を尽くし悪行の手先となった宦官であったが、ある時キョセムから言われた「お前を味方にしようなどとは思わない。ただお前の瞳にはほんのわずかながら一つの正しさを求める心を感じる。いつかそれを行動に示してみなさい」との言葉の伏線が、ここで回収。処刑場に入ったビュルビュルは「俺が処刑にあたるから」と配下の者たちを追いやって、「妃、早く逃げなさい」とキョセムを逃したのであった。キョセム寵妃はオスマン帝国史上最大の影の女帝。ここで消えるはずはないからとうぜんの展開だが、誰が助けるのか興味があった。
 キョセム寵妃を演じるベレン・サートは、初めて観る女優ではない、何か既視感があって観ていたのだが、処刑場で太い縄を処刑人から掛けられても、(表向き)いささかも怖気付くことなく、哀しみを湛えて運命を受け入れようとしているその凜とした姿勢を観てわかった。昔観たメナハム・ゴーラン監督の『ハンナ・セネシュ(HANNA'S WAR)』で、オランダ人女優マルーシュカ・デートメルス(デトメール)が演じたヒロイン、ハンア・セネシュとイメージが重なっていたのだ。マルーシュカ・デートメルスは、ジャン=リュック・ゴダール監督の『カルメンという女』、マルコ・ベロッキオ監督の『肉体の悪魔』、ジャック・ドライヨン監督の『ラ・ピラート』など、惜しげもなく裸身を晒す官能派の女優の印象はあるが、この作品では、ナチス占領下のハンガリーに在住するユダヤ人救出のため英国空挺部隊の秘密任務を帯びた軍人(少尉)となって、ハンガリーのブタペストにあと一歩というところで捕まり、刑務所で残酷な拷問の連続にも関わらず通信用暗号コードをついに喋らず、最後に銃殺刑に処せられた、実在したユダヤ人女性軍人をマルーシュカ・デートメルスは「その清楚な美しさは哀しみを伴いながら」(伊藤勝男氏)みごとに演じ切っていた。彼女一人のためだけのオーディションで、ナチスに操られたハンガリーの法廷で「祖国反逆罪」に問われたハンナが、「どちらが祖国への反逆なのか?」と弁明する演説の演技では、審査席のメナハム・ゴーラン監督が涙を流していたと伝えられている。
 デートメルス演じるハンナ・セルシュは銃殺刑にあたって、処刑人から目隠しをされようとするがこれを拒否、「この光景をしっかりと目に焼き付けて死に赴く」とした。このシーンのハンナと、『新・オスマン帝国外伝』の処刑場でのキョセム寵妃がイメージとして重なったのであった。
 さらにキョセム寵妃について追加すれば、反乱鎮圧後牢獄の太皇太后サフィエにキョセムが会うと、「お前はどうやって処刑を免れた?」と訊かれた。誰が裏切ったのか知りたかったのだろう。斜め向かいの牢の鉄格子を握ってサフィエ付き宦官ビュルビュルは怯えていた。「いつでも私は自分一人の力で脱出できるんですよ」とキョセム。ビュルビュルは安堵しただろう。太皇太后に忠節を尽くして生きてきたビュルビュルのそれまでの人生の意味を崩壊させるようなことを、キョセム寵妃は口にしなかった。〈史的〉キョセムは知らないが、物語のキョセム寵妃が帝国のトップに君臨できる資格がここで垣間見えたといえよう。

 

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