グロテスク・リアリズムの『リチャード三世』観劇



 昨日10/27(金)は、ルーマニアのシルヴィウ・プルカレーテ演出の、日本人俳優によるシェイクスピア劇『リチャード三世(RichardⅢ)』を、東京芸術劇場プレイハイスにて観た。シルヴィウ・プルカレーテ演出の舞台は、『ルル』『オイディプス』につづいて、今回3回目の観劇である。「大のプルカレーテ・ファンを自認する」(公演パンフレット)演劇評論家七字英輔氏によれば、プルカレーテの演劇は、グロテスク・リアリズムという範疇に入るとのことである。
 http://simmel20.hatenablog.com/entry/20130301/1362128247(「ラドゥ・スタンカ劇場の『ルル』観劇:2013年3/1 」)
 http://simmel20.hatenablog.com/entry/20151024/1445677013(「プルカレーテの『オイディプス(OIDIP)』観劇:2015年10/24 」)
……「グロテスク・リアリズム」の定義を「精神的、理想的、抽象的なものをすべて物質的・肉体的次元へと移行させること」というバフーチンに従えば、プルカレーテの演劇ほど、それに相応しいものはない。ファンタジーもロマンス劇も、残酷劇も風習(※風刺?)喜劇も、彼の演劇はグロテスク・リアリズムによって随所で黒い笑いを惹き起こす。プルカレーテの舞台の魅力の一端がそこにある。……⦅『ルーマニア演劇に魅せられて』(せりか書房)p.244 ⦆
「悪魔の心と、それを覆い隠す仮面だけ」を味方とするグロスター公リチャード(佐々木蔵之介)が、ヘンリー六世の子エドワードも、兄クラレンス公も殺害し、病気のエドワード四世が崩御すると、次々と政敵を処刑、ついに即位してリチャード三世となる。ロンドン塔に幽閉した王子たちも殺し屋に命じて始末し、しかもみずから殺したエドワードの夫人アンを愛人としたうえ、エドワード四世と王妃エリザベスとのあいだの娘との結婚まで、エリザベスに承諾させてしまう。反乱に立ち上がった、腹心(で愛人)のバッキンガム伯も処刑する。しかし、エドワード三世の短い栄華もここまで。夢の中で命を奪われたものたちの亡霊が彼に「死ね」と迫り、リッチモンド伯の率いる軍勢を前にして、「自分を愛する者は一人もいない。王国など呉れてやる」と言い放って、エドワード三世は(拳銃で)自殺する、という大団円。小道具として、電動ノコギリとか拳銃とか、楽器のサックスとか、何でもありであった。
 プルカレーテの演劇にあっては、バラ戦争の史実を追うのではなく、いまここにも存在している、共時的な、人間の心の深層構造を剔抉(てっけつ)しようとの狙いがあるのだろう。プルカレーテの舞台では「食事や食欲がモチーフをなしている作品が多い」(七字英輔前掲書)とのことであるが、この『リチャード三世』でも、リチャードがやたらと食いまくる場面があった。王位を象徴する玉座に坐った時、椅子を愛撫し法悦に身悶えするところなど、権力欲、エロス、食欲が渾然一体となっていることを暗示していて興奮させられる。
 かつてチェーホフの『桜の園』でチェンソーが使われた舞台もあったし、シェイクスピアの舞台でも、ペーター・シュタイン演出『ハムレット』で、ハムレットがサックスを吹き、オフィーリアがギターを弾いていた。亡霊たちの呪いのなかで、リチャードとバッキンガム伯とがダンスをするシーンは、ヤン・ファーブル演出『劇的狂気の力』での、王冠を被った二人の裸の男たちのダンスを思わせる。人びとが椅子を行進して運んでくる、集団の所作は、鈴木忠志演出の『トロイアの女』の歌舞伎風の動きに近いか。ともあれ仕掛けそのものは決して斬新とはいい難い。案外〈引用〉と〈オマージュ〉に満ち溢れた舞台なのかもしれない。
 http://simmel20.hatenablog.com/entry/20171002/1506953865(「さや姉とギターを弾くオフィーリア:2017年10/2 」)
 http://simmel20.hatenablog.com/entry/20170720/1500547181(「ルネ・マグリット展とヤン・ファーブル展&ダンス劇:2017年7/20 」)
 シェイクスピアの作品の幕引きから離れて、リチャードが拳銃自殺するところは、チェーホフの『かもめ』の結末よりも、ルキーノ・ヴィスコンティ監督の映画『イノセント』の終幕と重なる印象である。
 なお〈正統〉な『リチャード三世」の舞台は、昔東京グローブ座で、ESC(ENGLISH SHAKESPEARE COMPANY)の来日公演『 THE WARS OF THE ROSES 』の一つとして観劇している。

 http://simmel20.hatenablog.com/entry/20161112/1478941861(「『ヘンリー6世(HenryⅥ)』三部作は、ESCの舞台で観劇:2016年11/12 」)