検察の取り調べ

 本年は「大逆事件」百周年(大審院公判は、1910年12月10日〜)ということで、関係の著作も出版されているようである.こちらも便乗して福田善之作『魔女傳説』(三一書房)について書きたくなり、田中伸尚(のぶまさ)氏の『大逆事件・死と生の群像』(岩波書店)を読む.1910年12月18日付で幸徳秋水が弁護人にあてた手紙(「陳述書」)の文面が紹介されている.
「検事の聞取書なる者は、何を書てあるか知れたものではありません。私は数十回検事の調べに会ひましたが初め二三回は聞取書を読み聞かされましたけれど、其後は一切其場で聞取書を作ることもなければ随って読聞かせるなどゝいふことはありません」。ところが予審廷で検事の聞取書がときどき読み上げられ、それを聞くと秋水の述べたこととほとんど違って、たいてい検事がそうであろうといった言葉が「私の申立てとして記されて」あった。「多数の被告に付ても皆同様であったらう」と秋水は推測し、検事の聴取書と被告の申立てとどちらを重視するのか「実に危険」だと書いている.(同書) 
 福田戯曲でも、幸徳(作品では行徳)らをはじめから有罪を前提にして取り調べる、したたかな検事たちが登場している.今年の司法修習生のなかにも優秀な任検志望者がいるのだろう。正義の志を抱いて職に就いたであろう検察官個人および検察組織が、この過去の深い暗部を忘却しないよう望みたい.

大逆事件――死と生の群像

大逆事件――死と生の群像

⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家のタマスダレ。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆