「行旅死亡人」と写真集

 高齢者の生存と所在が不明である事実が、遅きに失した役所の調査で次々に明かされている.真に奇怪な社会現象である.「行旅死亡人」となっている可能性が、少なくないと考えられるだろう.そのことで思い起される一冊の写真集がある。だいぶ前にHPで記したことがある。再録し、あらためて人の世の寂寥を想いたい.

 まるで岩波文庫の1冊かと見まがう装丁の写真集『アノニマスケイプ・こんにちは二十世紀』を入手した。細川文昌氏がみずから発行者となった100部限定の写真集である。行き倒れ、もしくは旅行中病にかかり救護する人もないまま死亡した行旅死亡人が倒れた現場を、明治から平成の代まで100年に渉って1年につき1枚ずつ撮った写真を100枚集めたものである。
 見開き2頁の左右どちらかに倒れた所在地市町村の、当該行旅死亡人に関する官報が載せられている。行旅病人と死亡人の定義と扱いについては、明治32年3月28目公布の「行旅病人及び行旅死亡人取扱法」が定めていて、昭和61年改正まで5回改正されているが、基本のところは変わっていないようである。
 固有名詞性を失ったまま、まさにひっそりと死んで逝った者らを1年間に一人ずつ代表させて鎮魂するとともに、国家や官僚システムというものが、ひとりの人間のいのちと人生をどれほど実務的に淡々と取り扱うかを教示しているのである。行き倒れの現場であったそれぞれの場所は、ほとんどは近代化、都市化の中でその風景とたたずまいは変貌している。この作者は、その場に漂う霊魂などを暗示しようとしているわけではない。風景から人間を消去して、ただその場所の現在を提示するだけである。
 頁をめくっていくうちに、つまり誰でもが結局は、役所で「死亡証明書」を発行される〈行旅死亡人〉として人生を終えるのではないか、という真実に思い当たり、慄然とする手前でこの本を閉じることになるのである。
 なおこの写真集は、アメリカで「フィリップ モリスK.K. アート アワード2002」大賞を受賞している。かの女性哲学者スーザン・ソンタグの強い推挽によったということである。(発行元のメールアドレスは、fh63@mx2.ttcn.ne.jp「Fumimasa Hosokawa」。)写真は昭和49年8月17日行旅死亡人として官報で告げられた事例の現場。同書から。(02年8/15記)

⦅写真(解像度20%)は、東京台東区佐竹商店街の変化朝顔「黄尾長立田葉紅筒白切咲」。小川匡夫氏(全日写連)撮影.⦆