ウィリアム・モリスとアカンサス

 アカンサスの花の写真が届いた.季節はまちがいなく、気だるくも激しい夏に向かっているのだ.植物に関する知識にはまったく乏しく断定などできないが、アカンサスは、その花よりも葉っぱのほうに文化史的注目が集まる、稀有な植物ではないだろうか.古代ギリシアにおいては、建築様式としてのコリント様式では、柱の柱頭の装飾にその葉っぱの紋様が使われている.このきっかけについては、工芸職人がコリントのある少女の墓に咲いていたアカンサスを見たことによる、との伝説があるらしいが、事実ではないだろう。
 この植物を愛でた近代デザインの創始者ウィリアム・モリス(1834〜96)は、社会主義の思想家としても知られ、中世を憧憬しつつ、近代資本主義を撃つスタンスで思索し著作を残している.ありがたいことにいくつかの論文がネットで読める(日本語・英語).
   http://www.geocities.jp/mickindex/morris/idx_morris.html 
萩原延壽集』5巻「書書周游」(朝日新聞社)の解説担当の菅原啓州氏は、かつて福音館書店編集者としてすぐれた仕事をしているが、ウィリアム・モリスの研究家でもあり、この解説文にも鋭い指摘がある.ちなみにわが高校の1年先輩で、創作について励ましをいただいている.また、かつて宇野学派の重鎮の経済学者であった大内秀明東北大学名誉教授は、現在仙台・作並温泉広瀬川の源流の付近に「賢治とモリスの館」を、個人のミュージアムとして公開しているとのことである(SNS=mixiより)。
 08年10月刊行の『空想と科学の横断としてのユートピア』(晃洋書房)について、同11月のわがHPに記載したものを再録しておこう。
同志社大学講師木村竜太氏の『空想と科学の横断としてのユートピアウィリアム・モリスの思想』(晃洋書房)は、時宜を得た著作といえよう。現代資本主義に対する懐疑が充ちる中、19世紀イギリスの社会主義思想家ウィリアム・モリス(1834〜1896)について考えるのは必要かつ有効である。モリスはいっぽうで工芸家・芸術家でもあり、たえず「分析的社会主義者」の理論との横断を試みた「建設的社会主義者」でありながら、壁紙のデザインなど後世に知られた作品群(東銀座出版発売の『房総文芸選集』戸田ヒロコ装釘にはその影響があるだろう)があるのである。当時のイギリスで社会的言語として流通していた「中世」へのモリスの評価も、近代になって限られた個人の仕事と化してしまった芸術をめぐる危機意識が根本にあったようだ。

「建築というものは、「諸芸術の融合」であり、「あらゆる建築に関わる仕事は共同に行うもの」なのである。特にゴシック建築は、「芸術の最も完全な有機的な形式」であり、ゴシック建築を造りあげたギルドの職人たちは、仲間意識に支えられた共同生活を大切にし、その生活にある「協同的な調和」から生まれた「手と精神の自由」を行使したのである。これが、最良の建築たる「ゴシック建築の精神」であった。そうであるからこそ、ギルドは中世におけるひとつの理想的存在であった。」

 中世のギルドがはたして完璧に理想的な組織形態であったかどうかはともかく、近代の分業化された労働が、仕事そのものに協働の喜びがなく、作られたものも「芸術の有機的な形式」とは無縁である、と捉えられる。しかし「秩序と安定を求める父権的な社会への理想」へ導く先達のラスキンの中世観と異なり、「ギルドの存在は、中世における仕事の自由、ギルド内の職人同士の協力の精神等オルタナティヴな社会を構成し得る要素を示すだけでなく、階級闘争の歴史的前例をも示すものとしても非常に重要な役割を担うものであった」。

 社会主義の本質を単に経済システムのみに限定せず、人間性全般にかかわる問題として構想したモリスのユートピア思想は、今日少なからず学ぶところがあろう。

「「社会主義者」としてのモリスは、そこからさらに資本主義とフェローシップの関係に論を進め、最終的には、友愛(フェローシップ)の真の達成のためには資本主義と階級システムの廃止こそが必要であると結論するに至る。唯一の答えはコミュニズム社会でこそすべての人の間に真の友愛が開花するのだ。」

 ただしこのフェローシップは目標であるのみならず、達成のための手段でもなければならないというのが、モリス思想の注目すべきところであろう。商品としての労働力の行使ではない、協同的な労働をどう具体化するのか。おそらく地道に実践している人びとが日本のあちこちに存在することはたしかである。〗

 さてこのモリスデザインの壁紙および本の装幀などに、少なからずアカンサスの葉っぱ紋様が使われている。いまでもイギリスの高級食器のデザインとして生きているようだ.
  http://shokki.dee.cc/wiriamu/acanthus.htm

 アカンサスの写真を見ながら、ウィリアム・モリスが夢見たユートピアに思いを馳せたいものである。

⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家のアカンサスの花.小川匡夫氏(全日写連)撮影.⦆.