浅草公会堂にて「台東薪能」鑑賞

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 昨日9/3(火)、午後からの雨天にて、チケット購入済みの第40回記念「台東薪能」は、浅草寺境内ではなく、場所を移して、浅草公会堂にて催された。第33回の時と同じ運びとは相成った。自然のかがり火はなく、舞台両側下に人工の紅い〈かがり火〉が〈燃え〉続けてそれらしき雰囲気は醸し出していた。頭を切り替えて、舞台に集中。替えの座席が通路側端の席となり、閉所恐怖症のこちらとしてはこれは僥倖であった。

 プログラムは多彩であるが、わが目的は、能の舞台観劇経験少なくない身ながら初見の、世阿弥作『敦盛』鑑賞であった。シテは、都立上野高校東京藝術大学の学歴をもつ坂 真太郎。『日本古典文学全集・謡曲集(1)』(小学館)収録の『敦盛』の詞章を事前に熟読して臨んだので、その展開について戸惑うところは微塵もなかった。

 後シテの敦盛が舞う場面の美しさとそこに漂う儚さに、ボーッとしたり酔わされたりしているのみ。舞の終わり近くで、(亡霊の)敦盛が刀を床に投げ捨てるところがあったが、この所作は本の詞章では予想していなかったこと。敦盛が戦場で熊谷次郎直実(いまは出家して蓮生法師)に惨殺された事実を象徴しているのか。一瞬驚いた場面であった。

 休憩後の狂言『末広(すえひろがり)』も面白く、半能『石橋(しゃっきょう)』は、ワキ寂昭法師(森 常好)の出番は始めだけで、いきなり後シテの白獅子(観世喜正)が、ツレの赤獅子(奥川恒治)と共に、みごとな紅白の牡丹を前に舞戯れる舞台で、視覚的に愉しめた。

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『岩波講座 能・狂言 Ⅲ能の作者と作品』の、西野春雄「世阿弥の能」によれば、「世阿弥はそれぞれの作品に主題を盛り込む」とし、『敦盛』については、「わずか16歳で戦死した敦盛への同情と、荒武者の熊谷直実が念仏の生活に入ったことを賞讃する」作品と解説している。なるほど。

 5時開場だっため、夕食を摂っていなかった。会場が変わったので、売店も休業。空腹のまま敦盛の亡霊と対したことになる。川松でうな重でも食べたかったが、浅草は9時には店は閉まる。押上経由の京成線を利用して京成船橋まで行き、JR駅近くの栄華光本店で肉野菜炒めを食べた。ここの肉野菜炒めは気に入っている。期待通りだった。

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本日は敗戦記念日

 

 

 

 

叡山苔

 

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周庭 Agnes Chow Tingさんの訴え

 

 

夏の小さな〈復活〉

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 庭のアメリカフヨウ(芙蓉)が、一輪だけ開花している。今年は、繁殖力の旺盛な花虎の尾やキャッツテールに圧されて元気がなかった。これらを剪定したところやや勢いを盛り返し、9月になって一輪開花している。一日花なので、見納めとなるか。

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 庭の隅の鉢に、庭の主の如くヒキガエルが休息している。連日水遣りをすると驚いて逃げ出していたが、攻撃はしてこないと〈学習〉したらしく、ピョンと1回跳んだだけで今日は堂々と居坐っていた。面白い。

 

 

成城学園の街の洋館で芝居を観る

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 昨日8/30(金)は、Theatre Ortマチネー公演、三島由紀夫作、倉迫康史演出の『薔薇と海賊』を、東京世田谷区祖師谷の洋館サローネ・フォンタナにて観て来た。小田急

成城学園駅に降り立ったのは、曖昧な記憶では初めてではないと思うが、不明である。会場もわからないので、タクシーで到着。運転手さんは親切で、サローネ・フォンタナはその青い玄関屋根の洋館ですよ、と教えてくれた。こういう狭い民家で観劇するのは、神楽坂での谷崎潤一郎作『痴人の愛』以来である。なお観客数は、2F席含めて40名ほど。

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 この洋館は、主としてミニコンサート会場として利用されるそうで、置かれているピアノは、イェルク・デームスから寄贈されたベーゼンドルファとのこと。芝居の最後で、動物の仮面を被った人たちのひとり(ヤストミフルタ?)が、このピアノを演奏したのはfantasticだった。

 この劇団Theatre Ortの公演観劇は、初めてであるが、同じ三島由紀夫作品『サド侯爵夫人』を上演しているとのこと、この洋館こそその作品の舞台にふさわしい。メルヘン作家楓 阿里子役を演じた平 佐喜子は、安心して観ていられる女優。総じて面白く観劇、現代風抑揚のことば使いもなく、ストレスはなかった。原作未読なので、戯曲作品を読みこなしてから、演出などについて改めて批評をまとめることとしたい。

 帰りは膝を庇いつつ成城学園駅まで歩いた。大木の桜並木を歩くのは心弾む時間であった。夕食は、津田沼駅構内のDenny'sで赤ワイン&生姜焼き膳をいただいた。これはわがお気に入りで、ひさしぶりに堪能。

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歴史的事実と統計的事実(その2): 条約・協定の〈自然消滅〉

 

   篠田英朗東京外国語大学教授(国際関係論)の、「アゴラ」掲載の次の論評が参考になる。

agora-web.jp

 日米修好通商条約が今日無効なのは、単に政権交代があったからだったり、時間がたったからだったりしたからではない。明治政府が、江戸幕府時代に締結された不平等条約を、血のにじむ努力で改正する努力を払ったからだ。

2012年にオランダの裁判所で、日蘭修好通商条約の有効性が確認されたのをご存知だろうか。

参照:オランダでは日本人が労働ビザなしで働ける 理由は明治時代、不平等条約撤廃後の日蘭条約が生きていたから

明示的な廃棄や改変がなければ、国家継承が行われている限り、政権交代があっても、条約は有効である。

 

 日米修好通商条約は、日本の不平等性を改め(旧)日米航海通商条約、さらにその改定である(新)日米航海通商条約へと継承され、1939年7月アメリカの破棄通告により、1940年失効した。自然失効したわけではない。これが歴史的事実である。

www.y-history.net

 

 

 

『久米正雄作品集』(岩波文庫)届く

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 『久米正雄作品集』(岩波文庫)がAmazon経由で届いた。すべて小説とばかり思っていたが、随筆も多く収録されている。編者石割透氏の巻末解説を読んで理解できた。なお、石割透氏とは、昔K短期大学で氏と同僚であった故葉山修平氏の誘いにて、麻雀卓を囲んだことがあった。後の一人は、アララギ歌人の吉村睦人さんではなかったか、記憶が朧である。その時は、石割さんは芥川龍之介の研究家であるとの紹介であった。解説文作成にあたり、一つとして小谷野敦氏の『久米正雄伝』(中央公論新社)から教示を得ているとある、とうぜんだろう。

 野球、競漕、ゴルフ、庭球、ピンポンなどのスポーツ、写真・活動写真撮影、麻雀、社交ダンスと久米は趣味にも多芸多才、ラジオの野球中継の実現にも力を注いだとされ、昭和期には放送界、映画界にも深く関わった。このような久米には、随筆は、俳句とともに、久米の個性が最も溌剌と作動するジャンルとなった。ここに収録した随筆が、そのことを明かしてもいよう。(p.376)