







かぐや姫:秋山瑛(AKIRA)
影姫:沖香菜子
秋見:伝田陽美(AKIMI)
道児:大塚卓
翁:岡崎隼也
帝:池本祥真

はじめに竹の精(緑の精)のコール・ド(群舞)がある。これが美しい。かぐや姫の生命がここで誕生する。生命力の溢れてくる神秘を統率された躍動的な動きで鮮やかに表現、これだけで十分というほどの感動。
竹林にやって来た翁が、一本の竹の割れ目に小さなかぐや姫を見つけ、家に持ち帰り育てるが、あっという間に成長してしまう。翁が深い愛情で姫を育てた過程が省かれているので、終幕光の精によってかぐや姫が一切の記憶を失って、自分を欲のために帝の下に差し出した翁を赦すのだが、そこのところの感動が薄いのはそのためだろう。
帝の正室影姫役の沖香菜子は、妖艶でありながら哀しみと孤独感を漂わせ、かぐや姫に苦しく嫉妬するも、威厳は保っている、その存在感は圧倒的である。さすが東バのプリンシパル、魅せられた。
全体的にベジャールの春祭へのオマージュに(結果として)なっていたのではないか。20世紀バレエ団で踊っていたショナ・ミルクのシルエットを思わせる、プリンシパル秋山瑛の聖なるかぐや姫は反転させれば、春祭の生贄に相当するだろう。道児役の大塚卓とのPDDも含めて、すべてのpasがすばらしい。最後光の精のコール・ドに見送られつつかぐや姫は月への階段を昇って行く、その後姿は気高く美しく、祝祭劇の終わりにふさわしい演出であった。
なおストレイトプレイとしての『かぐや姫』は、加藤道夫作の戯曲を舞台化した、山本健翔構成・演出の『なよたけ』を、2009年東京両国のシアターX(カイ)で観ている。


東京文化会館改修。縁あって最後の公演が『かぐや姫』となったわけだが、なぜもう少し計画的にスケジューリングできなかったのか。劇場専属舞踊団があればこんな事にはならなかったはず。使用しながらの改修、あるいは仮設の劇場を建てたはず。今は3年で無事に再開することを願うばかりである。感謝。 pic.twitter.com/Xk0cuEfH8a
— Jo Kanamori / 金森穣 (@jokanamori) 2026年5月7日
東京文化会館が翌日から長期の休暇に入るとのことで、舞台から出演者による手ぬぐい撒きが実行された。こちらはキャッチできなかったが、前列の背の高い(鑑賞上の)障害物となっていた紳士が2個確保し、1個譲ってくれた、ありがたい。
