国立劇場さよなら公演『妹背山婦女庭訓』第一部「吉野川:山の段」観劇(9/14)

   3幕目「吉野川」がやはり見せ場。2幕目「太宰館花渡しの場」で、帝を僭称する蘇我入鹿坂東亀蔵)から、大判事清澄(尾上松緑)には息子久我之助清舟(中村萬太郎)を出仕させよ、太宰後室定高(さだか:中村時蔵)には娘雛鳥(中村梅枝)を入内させよとのそれぞれへの〈勅命〉を下されている。久我之助は藤原鎌足の娘采女の局が入鹿に命を狙われていて、禁裏を抜け出し鎌足の許に身を寄せようとする采女の局を援護したのであった。雛鳥と久我之助は1幕目(春日野小松原の場)で互いに恋に陥ちていた。
 もし久我之助を出仕させれば、拷問により采女の局の隠れ場所を吐くよう迫られることは必定、大判事の苦悩はそこにあった。定高も雛鳥を入鹿の后になどさせたくはない。しかし上意に逆らえば、二人それぞれに渡された桜の枝を散らして吉野川に流し、それを合図に斬った二つの首を持って参上せよとの命に従うほかはない。上手側妹山に大判事の山荘があり、久我之助が居る。下手側背山に太宰家の山荘があり雛鳥は腰元たちとともにそこに居る。上手側仮花道に大判事が立ち、下手側本花道に定高が立つ。間に(かささぎの渡せる橋などあり得ない)吉野川が流れ、両岸の若い二人は悲嘆にくれるばかりであった。
 (もともとは領地をめぐって争ってきた)大判事と定高は、本心と苦悩を隠しつつ川(客席)を挟んで声を掛け合う。この場面での尾上松緑と立女方(立女形中村時蔵の渾身の名演技には、危うく涙が出そうなほど感動した。
定高:ホホ、ホホホホ。
大判事:シテ又得心せぬ時は。
定高:ハテ、そりゃもう是非に及ばぬ。枝ぶり悪い桜木は、切って継木を致さねば、太宰の家が立ちませぬ。
大判事:ウムウムウム。こりゃそうのうては叶うまい。此の方の倅とても得心すれば身の出世、栄華を咲かす此の一枝、川へ流すが報せの返答。盛りながらに流るるは吉左右、花を散らして枝ばかり流るる時は、倅が絶命と思われよ。
定高:いかにも、この方もこの一枝、娘の命生け花を散らさぬようにいたしましょう。
                       上演台本より
 結局雛鳥も久我之助もみずから命を絶つ決断をし、定高によって斬られ、裏返した琴の上に駕を載せそこに入れられた雛鳥の首が川に流される。その前に定高の計らいによって、雛鳥は入内の承諾により生きながらえる「ハアア嬉しや」と勘違いした久我之助は安堵し、父の介錯を促す。大判事は吉野川の水を組んで水盃とし、「首ばかりの嫁御寮に対面しようとは知らざりし」と久我之助と首だけの雛鳥との祝言を挙げさせてから、久我之助の首を斬り落とす。大判事は添い遂げること叶わなかった二人の首を抱え、入鹿に差し出すために山荘を出たのであった。
 暑さ衰えぬため、いつもは気分よく歩く地下鉄半蔵門駅から国立劇場通りの道もしんどく感じたが、帰路は充実した思いで歩を進めたのであった。

 

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