源三位頼政の辞世

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▼この書が言語メディアの劣性を論じていると誤解してはならない。高橋世織氏との対談(「都市の死と再生」)で、建築家の石井和紘氏は、源三位頼政が平家に破れ自害した、宇治の平等院を訪れた折の感懐を述べている。
頼政はそこで辞世の歌を詠んでいるんです。僕はずっと「埋木の花咲くこともなかりしに身のなる果ては哀れなりけり」だと覚えていたんだけど、頼政の墓を見ると「身のなる果てぞ悲しかりける」と書いてあるんですね。こっちのほうがもっと切ないなと思った。平安時代の言葉がはるか後の時代の我々の心を打つのだから、言葉というのはすごいですよね。よく伝わったなと思いますね。平等院もすごい建物ですし、言葉とイメージが両方ある。それがデジカメの世界ですね。』(2007年4/14記)

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