政治的リアリズムの国際政治論

 モーゲンソーの『国際政治(上)』(原涁久監訳・岩波文庫)を読んでいる。政治的リアリズムに立って、国際政治の理論を提示する企図で書かれた書である。最初の出版は、1948年で、日本語版はその序文によれば、1979年に刊行されている。考察の対象となる国際政治の事例については古い時代のものであっても、理論的考察そのものは現代国際政治を考える上でいささかも古びていないとの印象である。「リアリズムにとって理論とは、事実を確かめ理性によってその事実に意味を与えるものである。リアリズムは、実践される政治行動と、その行動がもたらす諸結果とを吟味することによって初めて対外政策の特徴を確かめることができる、と考える」のが、政治的リアリズムの立場である。
 道義原則をめぐる個人と国家との、その適用に関して相違があると述べている。政治的リアリズムの主張は以下の通りである。
……個人と国家はともに、たとえば自由のような普遍的な道義原則によって政治行動を判断しなければならない。ところが、個人はこのような道義原則を擁護するために自己を犠牲にする道義的権利をもっているが、国家は、自由の侵害に道義的非難を加えて政治行動の成功—このこと自体が、国家生存という道義原則によって導かれているのだが—をおぼつかなくするような権利は何らもっていない。慎虜なくして政治的道義はありえない。すなわち、一見道義にかなった行動でも、その政治的結果が考慮されなければ政治的道義は存在しえないのである。したがってリアリズムは、慎虜、すなわち、あれこれの政治行動の結果を比較考量することを政治における至上の美徳と考える。抽象レヴェルの倫理は、行動をそれが道徳律に従っているかどうかによって判断する。政治的倫理は、行動をその政治的結果如何によって判断する。……(第1章・p.58)
 軍備に関しても、とうぜんリアリズムの立場は貫かれている。
……どんな種類の軍備でも、その政治目的は、他国に対して軍事力の使用を危険だと思わせ、それを抑止することにある。いいかえるなら、軍備の政治目的は、仮想敵国に軍事力の使用を思いとどまらせることによって、軍事力の現実の行使を不必要にすることにある。戦争の政治目的も、領土の征服や敵軍のせん滅自体にあるのではなく、敵を改心させて勝利者の意思に従属させることにあるのである。……(第3章・pp.104~105)
 この議論と、カントの「常備軍そのものが先制攻撃をしかける原因になってしまう。」との『永遠平和のために』の考察とを比べて、安全保障について考えをめぐらせたいものである。
 http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20120917/1347858500(「あえて無力なカント平和論を読む:2012年9/17」)

モーゲンソー 国際政治(上)――権力と平和 (岩波文庫)

モーゲンソー 国際政治(上)――権力と平和 (岩波文庫)