美術評論家ヨシダ・ヨシエ

(「東京新聞」2016年1/5)

 美術評論家ヨシダ・ヨシエ氏には、いつのことだったか高橋甲子男画伯の個展でお会いしたことがある。「原爆の図」の紹介者としてよりも、エロ爺にして現代美術への情熱と批評を熱く語る評論家という印象であった。氏に手紙で推薦していただいた画家の個展にこちらが行かなかったこともあってか、その後連絡は来ないままであった。ご冥福を祈りたい。

『手探る・宇宙・美術家たち』(樹芸書房・1989年8月刊)で、27人の現代作家を取りあげ論評している。わが年長の知己高橋甲子男ほか、松山徹、おおえわかこ、吉野辰海、木倶知のりこ、松本英一郎、中島早知子、蛇雄、仁科幸子、尾藤敏彦、野中ユリ池田龍雄、伊藤のりこ、大坪美穂、賀川忠、増田洋美、野地正記、上條陽子、中井勝郎、吉屋敬、出店久夫、松原亜也、佐藤多持、鶴見厚子、前田常作、前田えみ子、豊島弘尚。
 http://h-a-c.net/art_critic/yoshida.html(「ヨシダ・ヨシエ:ハートアートコミュニケーション」)
 高橋甲子男については、「磁場の章」として論じている。高橋甲子男の絵画にあっては、「ハートのようでもあるし、それが引き裂かれてファルス(男根)状にもみえる生理的なイメージ」と「宙空に浮かんでいる石塊のようなもの」との関係を、ふしぎにおもい、そして、「それらが描かれている空間の表面を、動物の毛皮のように触覚的な感覚だとおもうだろう」としている。
……十年以上も以前の高橋甲子男の作品では、裸婦の乳房やお尻が、切断されていたり、スライスされて、この天鵞絨 (ビロード)地のような肌ざわりのあいだから覗いていたものだから、いっそう、そのようにおもったのかもしれない。それは、毛皮のコートからセキシーな肉体の一部を露わにさせた、多少ミステリーじみた画面にみえないわけではなかった。
 しかし、わたしのフィジカルで好色的(ラストフル)な窃視を裏切るように、高橋甲子男の空間は、独特の流体力学を形成しはじめ、そのあたりから、これはかれの宇宙論とでもいうべき空間解釈ではないかと、おもいはじめた。その毛皮状のシスマティックな流動と、それに拮抗するイメージの力学が、わたしに磁場の連想を誘いはじめたのである。
 磁界という概念におもいつくと、それは流体力学というよりも、ある種の固体物理学的なカテゴリーにかかわる、さまざまな現象もおもいうかんで、高橋甲子男の画面にむかって、わたしの想像力にインパルスが走るようなのであった。……(p.74)
【わが所蔵の高橋甲子男作品から】


【1991年4月・千葉県市原市ギャラリーみやこでの個展パンフレットから】






(右端のふくろうの作品は、わが所蔵)